-5121 Tank Platoon-
4月2日、金曜日。
5121小隊は、全員が呆然としていた。
先日、悪夢のような熊本城攻防戦に参戦した結果、小隊が保有する全ての士魂号(予備機も含む)を失うという大損害を受けつつも、それと引き換えに熊本城に終結した幻獣を全て撃破。小隊も奇跡的にたった一人の戦死者も出すことなく切り抜けることが出来た。
結果、戦況は人類側優勢に大きく傾き、このままいけば九州からの幻獣駆逐も夢ではないと噂されていた。
本来ならば立役者であるところの5121小隊は全員がガンパレード状態になっていてもいいはずなのだが、むしろ今は「暗い雰囲気」の方が合っていたかもしれない。
その原因は---
ハンガー前に届いた新規機材にあった。
「……厚志よ」
舞が呆れたような声で恋人の名を呼んだ。
「何?」
速水がいつものぽややんとした笑顔で答える。
「これが、新規受領の機体に間違いないのか?」
「えーと、書類上では確かにそうなってるね」
「そうか……。などと落ち着いている場合かあっ!!」
舞姫ご乱心。
まあ、無理もあるまい。なんといってもそこにいたのは---
車体に不釣合いなくらい大きい砲塔からずんと突き出した44口径120mm砲。
指揮車にとてもよく似た角型車体(本当は逆なのだが)。
巨大な6輪タイヤ。
どこから見てもまごうことなき士魂号「L型」の勇姿がそこにあったのだから。しかもご丁寧に3両。
これでは全員があきれ返るのも無理はあるまい。使ったこともない装輪式戦車を渡されて一体どうしろというのだろうか?
皆がまだ呆然としてる中、ただ一人舞は憤然と小隊司令室に駆け込んでいった。
『俺だ』
相変わらず前置きなしにぶっきらぼうな声。
5121小隊の直属上官、芝村勝吏準竜師である。
「従兄弟殿。新規受領の機材だが、あれは一体何だ!」
どちらも芝村だけに前置きなどというものは存在しないが、今日は一段とハイテンションなようである。
『何だ、とは何だ?新規機材なら今日にもそちらに届いているはずだが?』
「だからっ!何故M型でなくL型が届いたのだ!我らを馬鹿にしているのか!?」
怒りで顔を朱に染めながら舞が問い詰めるが、準竜師はどこ吹く風といった具合だ。あ、いや、いつもと少し雰囲気が違うような……?
『……聞きたいか?』
いつもの準竜師らしからぬ返答になんとなく飲まれつつも、まだ怒りの収まらない舞は言った。
「と、当然だろう。早く話すがよい!」
と、突然準竜師の顔がずい、とどアップになり、モニターを占拠した。はっきりいって心臓によくない。
『大体、熊本城攻防戦では好きなだけ機体を使うがよいとは言ったが、何も全部壊せとは言っておらん!工場から出たての新品まで見事に壊しおって……。そんな状況で予備のM型なぞ残っているわけがなかろう!』
「うっ……」
準竜師は珍しくエキサイトしていた。額に青筋が立っているのが見える。よほど現状が腹に据えかねているらしいが、珍しいものを見たとも言える。
舞も、ついぞ見たことのない従兄弟の激昂に目を丸くしている(その表情もまた芝村としては珍しいものなのだが)。
ようやくコントロールを取り戻すことに成功した準竜師が話を続ける。
『……とにかく、次のM型が完成するまであと2週間はかかる。それまではそのL型でなんとか凌げ。自業自得という言葉を実地で学習するのも悪くはなかろう。必要なら追加も送る。ではな』
そう言うや一方的に通信が切れた。
あとには一人残された舞が立ちつくしていた。ポニーテールが力なく風にゆれている。
ちなみに今の音量無視のやり取りは当然小隊全員の耳にも入り、一同のやる気を思いっきり削いだのは言うまでもない。
ともかく、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかなかった。曲がりなりにも部隊として行動できる水準まで持っていかなければならない。問題はこれでもかと山積しているのだ。
第一に乗員の問題だ。
士魂号M型は単座式なので当然乗員は1名だが、L型は最低でもパイロットとガンナーの2名が必要になる。ということは、速水・舞ペアの3号機はいいとして最低あと2名必要なのだ。操作そのものは未熟練兵でも問題ないようなつくりになっているのでまあいいとして、人材をどうするか……。
そこでやむを得ず整備員で戦車技能を持つものを抽出することになった。
で、その選ばれた2名とは……。
~1号機~
「へへっ、俺ってさあ、一度でいいからこの戦車って奴を動かしてみたかったんだよな。まあ、人型じゃねえのは残念だけど、ま、この際ゼータクはいってらんねえか……」
コックピットの中であれこれと計器を確かめながら、田代は実に嬉しそうに言うのであった。
「ふ、不束者ですが、よろしくお願いいたします……」
ちょっと違う気がする。
「おう、俺が来たからには、も、バーンとまかせな、バーンとな!」
この組合せを聞いたとき、他の整備員の頭の中に浮かんだのは「1両喪失確定」という言葉だった。
喧嘩っ早いパイロットと突貫ガンナー……。
考えただけで頭が痛くなりそうな組合せだが、なってしまったものは仕方がない。
~2号機~
「……なーんで俺がお前と組まなくっちゃいけねえんだよ!?」
「それはこっちのセリフ!あーあ、なんでボクがこんなバカゴーグルなんかと組まなくちゃなんないわけえ?あー、この世の不幸!」
「なっ!……へっ、ビビってハンドル切りそこなうんじゃねえぞ?」
「そっちこそ!ただでさえ下手なんだから無駄弾撃つのやめなさいよね!」
「なにを!」「なによ!」
ぎゃいぎゃいぎゃいぎゃいぎゃいぎゃいぎゃいぎゃい。
で、もう一人がこの新井木である。
よりによって犬猿の仲の滝川と組ませることもないと思うのだが、1号機に持ってってもどうせ喧嘩しそうなので、同じ組ませるならこちらの方が精神的被害が少ないという判断である。
……まだやってるよ。
「司令、本当にこの組合せで大丈夫なんでしょうか?」
新たなペアでシミュレーターに向かう面々を見て、原は額に手を当てつつ言った。どうやら本当に頭痛がしているらしい。
裏は「あんた、ホントにやる気があるの?」といったところか。
ずり落ちた眼鏡を直そうともせずに、善行は悟りを開いた僧侶のような口調で言った。
「今の人材の中で一番生き残る可能性があるという結果がはじき出されたんです。信じるしかないじゃないですか。幻獣が待ってくれるわけでもないし……」
ある意味無責任な善行の言葉だが、最後にちょっとだけ本音が漏れた。
「まあ、非常に不安が残りますが……」
どっちかと言うと死刑執行が決まった無実の囚人の心境といったところか?
「まともに動きそうなのは3号機、いや3号車だけって事ね……」
実際問題としては、3号車だってほかと大して変わらないのだが。
善行の気苦労はしばらく絶えそうになかった。
-多目的結晶、リンク開始-
-脳磁気入力、開始-
-戦闘開始-
「おりゃあああぁぁぁっ!!」
「ちょっ、ちょっと田代さん!これじゃ射撃が出来ません!ちょっと止まって下さいぃ!」
「何言ってんだよ、止まったら撃たれっちまうぜ!根性で撃て、根性で!」
「そ、そんなあぁ!」
田代は文字通り戦場を縦横に駆け回っているのだが、少々の瓦礫など気にもせず突っ込むせいで砲が全く安定しないのだ。しかも壬生屋は射撃の技能が高いことで知られてはいない。
おかげでさっきから数回射撃したものの、まったくの空振りに終わっている。
「お願いですから、もう少し静かに走ってくださあぁい!!」
「馬鹿野郎!生きるか死ぬかってときにそんなのんきな事を言ってられるか!?」
……田代でも怖いのかもしれない。
そこへ突然のミサイル警報。
「2時方向生体ミサイル!避けて!」
「くっ!!」
その時、ものすごい震動と共に突然車体ががくんと止まる。二人は座席から放り出されそうになりながら状況を確認した。どうやら左前輪が溝か何かにはまってしまったらしい。
「!」「!」
生体ミサイルは狙いあやまたず1号車に命中。1発は装甲内部を破壊し、車内に破片を飛び散らせた。二人とも破片でズタズタに切り裂かれる。やがて弾薬が誘爆し、1号車は火の玉になった。
『1号車、大破!脱出者、なし……』
オペレーターからの非情な通信が入る。
「くそっ!」
滝川は歯噛みしながら120mm砲を撃つ。接近中のゴブリンリーダーに命中、一撃で粉砕した。
「へへっ、ざまあみやがれ!」
「ザコ一匹倒したくらいでいい気になってんじゃないの!ほら、3時方向にキメラ!」
「わかってるよ、うっせえなあ!」
「分かってるんならさっさと撃つ!」
ぶつぶつ言いながらも必死に照準をあわせる滝川。軸線がなかなか定まらない。
「まだなの?このノロマ!」
「うるせえよ!!……照準よし、発射!」
だが一瞬キメラの方が早かった。キメラも粉砕されたものの、最大出力で放たれたレーザーは2号車の前部を正確に貫いていた。
一瞬、新井木の悲鳴が聞こえたような気がしたが、ものすごい轟音でかき消されてしまう。ワーニングランプは真っ赤だ。
その時、滝川は車内ではありえないはずの匂いをかいだ。肉の焼けるような、食欲と吐き気を同時に催すような臭いを。
滝川はコックピットを見た。
そこには、上半身を失った新井木が、それでも操縦桿から手を離さないまま絶命していた。
「あ、新井木!?」
だが考えるよりも早く、他のキメラから放たれたレーザーが砲塔に命中。
滝川は白光に包まれながら意識を消滅させられた。
2号車が大爆発したのはそれから10秒後のことである。
『2号車大破!脱出者、なし……』
オペレータの報告を聞いた舞は舌打ちをすると、速水に言った。
「厚志、どうやら我々だけになってしまったようだ。援護は期待できん。手近な遮蔽物を探してそこに潜り込め」
「了解。前方50mに廃ビル。ちょうど潜り込めそうだよ」
「ふむ、よかろう。砲塔は出しておけ」
「分かった」
3号車は瓦礫の中に埋もれるようにして停車した。これでそう簡単には貫通されない、はずだったが……。
素早く周囲の状況を確認した速水が驚きの声を上げる
「舞!前方にスキュラ、距離200!」
「なっ!何故そんな近くになるまで分からなかった!?」
「センサーの探知範囲がM型より格段に小さいんだ!」
「くそっ!迎撃する!厚志、後退の準備をせよ!」
舞が急いで照準を合わせようとしたが、あと少しというところで砲身が停止する。
「砲の最大仰角が足りない!厚志、急速後退!」
「了解!急速後退!」
瓦礫を盛大に跳ね上げながら3号車が後進をはじめるも、次の瞬間、スキュラからのレーザーが比較的薄い上面装甲を貫いた。
「うわあああっ!」
「厚志っ!」
突然3号車の動きがふらつく。スキュラのレーザーは正確に速水を捕えていた。
速水は即死していた。
3号車はそのまま近くのビルに激突、舞はガンナー席から放り出された際に砲室内に激突。そのショックで延髄を切断され、こちらもほぼ即死状態だった。
『3号車、大破!脱出者、なし……』
オペレーターの無機質な声が車内に響きわたる……。
-戦闘終了-
-戦果:7-
-損害:士魂号L型3両喪失、戦死6名-
-結果:大敗-
-状況中止-
-状況中止-
-多目的結晶、リンク強制解除-
-脳磁気入力、停止-
-シミュレータ、停止-
「…………」
本田はコツコツとペンで机を突きながら回ってきた報告書に目を通した。
「3両全損、6名戦死、か……。まあ、派手にやられたもんだな、ええ?戦死者諸君?」
本田の前には”戦死者”が整列していた。シミュレーターがつけた赤い撃墜マークがやけに目立つ。
小隊結成当初は、本田にそれこそ遠慮なく罵倒されたものだが、今は全員を整列させたっきり、何も言おうとはしない。その方がよほど怖かった。
「あのなあオメーら、慣れてないのは分かっけどよ、俺達が教えた戦闘の基本まで忘れっちまったのか?これが初陣ってわけでもねえだろうが……」
ところが、予想に反して本田の口から出た言葉は意外なほど優しく、その口調には本気で皆の身を案じる響きがあった。
……単に諦観から出た言葉かもしれないが。
「田代、壬生屋」
『はい……』
妙に素直な返事が返ってくる。二人とも恥ずかしくてたまらないらしい。
まあ、全身にまるで耳なし芳一のごとく×印がプリントされていれば当然だろうが。
「戦場での機動力は確かに大事だが、田代、オメーのは単なる暴走だ。確かに弾には当たらんかも知れんが何の役にも立たん。もう少し慎重に動かなきゃ、敵に撃たれる前に邪魔だってんで味方に殺されるぞ」
「はい……」
しおらしい田代というのも違和感があるが、妙にかわいい。
「壬生屋もだ。オメーひょっとしてスタビライザー(砲安定装置)のこと、忘れてんじゃねえのか?---まあ、あの揺れは確かにひどかったが---あれくらいなら充分修正可能なはずだぞ?」
壬生屋は一瞬ぽかんとした表情を浮かべると、たちまち顔を真っ赤にして俯いてしまった。どうやら本当に忘れていたらしい。
「滝川」
「はいっ」
滝川は胸にでっかく×印を描かれていた。
「射撃が遅すぎる」
「うっ……」
「いつもやってるシューティングの腕はどこへいったんだよ?もっと素早くやらねーと、死ぬぞ」
「はい……」
「新井木」
「……」
「オメーは逆に動かな過ぎだ。おまけに真横から砲撃を食らうってのはどーゆーこったよ?正面装甲が一番厚いのは知ってんだろーが。ボーっとしてんじゃねーよ」
「……」腕を除く上半身に斜線をプリントされていては、さすがにいつもの軽口も出てこないらしい。
本田はそこで報告書をぺらぺらとめくると、
「速水と芝村はペアで戦い慣れているからまあ他よりゃマシだが……、まだL型の性能が頭に入ってねーな。速水」
「はいっ」
額にくっきりと×印を描かれた速水が答える。
「おそらくオメーが初めてだろうよ。L型に”ジャンプ”をさせようとしたのは」
速水もうなだれてしまった。
「芝村もだ。座席から転げ落ちて戦死なんてしゃれにもならんぞ?わかってるな?」
「……うむ」
舞だけは一見どこにもマーキングをされていないようだが……?
報告書を放り出しながら本田が言った。
「……まあいい。訓練開始たった3時間でこれ以上言うつもりはねえ。だが、死ぬ気でやれ。今のままじゃ葬式6人分の手配をしておかなきゃならん、いいな?」
『はいっ!』
「よし、解散」
「あーあ、まいったね、こりゃ」
肩をコキコキ言わせながら滝川が呟く。
「アンタ、たいした事やってないのになーにを偉そうにしてんのよ」
横合いからひょいっと新井木が口を出す。
「うっせえな!縞模様にそんなこといわれる筋合いはねえぞ!」
「あーっ!ひっどーい!なにさ!」
……また始まった口喧嘩はほっておくことにする。
「ともかく、訓練を繰り返すしかあるまい。努力は恥だが、何もしないよりはよかろう。不可能を可能にするためにもな」
速水たちが深く頷く。と、速水がじつにさりげなくぺらっと舞のポニーテールをまくりあげた。
「!?」
皆は見た。舞の被弾個所である延髄……つまり首筋に×印がくっきりとプリントされているのを。
「あ、厚志っ!!そなたな、何をするかあっ!!」
舞が真っ赤になって抗議するのに、速水はいつもの笑顔で、
「いや、舞のマーキングが見えなかったからさ、どこかなーと思って……って、ちょっと、舞?」
速水の笑顔が引きつる。舞の背後から怒りのオーラが立ち上っているような気がした。口もとに白いものが見えたのも気のせいか?
「……我がカダヤとはいえ、芝村をおちょくるとはいい度胸だ。その罪、死をもって償えっ!!」
どうやらかなり虫の居所が悪かったらしい。舞は拳銃を引き抜くと正確に速水を捕らえた。
「ちょ、ちょっと待って、舞。ね?落ち着いて……うわっ!!」
銃声。速水の頬を銃弾が掠めた。壁に大穴があく。
舞の手にあるのは、女性には重すぎるはずの357マグナム。おまけに爆裂弾装填の戦闘仕様だ。当たれば頭部など消し飛んで終わりだ。
「うひゃあああっ!!」
「待ていっ!!」
たちまち駆け去っていく二人。遠くから銃声と悲鳴、破壊音が響いてくる。
「……どうしましょうか?」
ちょっと羨ましそうに呟く壬生屋。
「ま、放っといていーんじゃねえの?いつものこったし」
それこそどーでもよさそうな田代。
「それもそうですね」
二人の頭には、ある言葉が浮かんでいた。
夫婦喧嘩は犬も食わない。
その夜遅く。
撃墜マークの塗料の匂いで失神し、シミュレータから引きずり出された6人は全身真っ赤で誰が誰だか判別がつかなかったという。