-Close Combat-

 

 

「せいっ!」「たあっ!」

 威勢のいい気合がいくつも響く。

 尚絅高校グラウンド、いつもの戦闘訓練である。めいめいが模造銃をもち、あるいはゴム製のカトラス、あるいは素手で二人一組の格闘戦を続けている。

 その中でも一際目立つのはこの組合せだったろう。

「はっ!」

 速水が模造銃を素早く突き出す。先にはゴム製の銃剣が取り付けられていた。

 若宮はその突きを半身をひねることでかわし、逆に銃を逆手に持って銃床による打撃を加えてきた。速水は自らの位置を僅かにずらす。

 と、かわしたはずの銃床が突然方向を変えて襲いかかってきた。直打撃から横打撃へと無理矢理方向を変えたのだ。

 速水は急いで頭を沈めると、そのまま銃を前へと突き出した。

「いてっ!!」

 小さく叫び声を上げて、若宮が数歩後退する。銃剣がもろに腹に入ったらしい。

 ほう、という感嘆の声があがった。

「それまで!」

 審判を努めていた本田が宣告した。

 速水と若宮はどちらからともなく小さく一礼。

 次の対戦がはじまる。順番まで余裕のあるものは順次自由に組み手を行なっていた。

 

「それにしても、お強くなられましたな」

 体育の時間が終わって更衣室で着替えていたとき、若宮が話しかけてきた。まだ時間内なので軍隊モードだ。

「え?ああ、ありがとう。戦士の指導がいいからだよ」

 一応礼を言った後、周囲に人がいなくなったのを確かめてから速水が小声で言った。

「若宮さん」

「なんでありますか?千翼長」

「誰も聞いてないからいいですよ。さっきの負け、わざとでしょ?」

 若宮は黙々と着替えを続けていたが、呟くように答える。

「……どうして分かった?」

 口調がプライベートモードのそれに切り替わる。

「そりゃ分かりますよ。あんなに前をがら空きにするなんてらしくないですからね。それにいつもに比べて銃の振り回しも大振りだったし」」

「参ったな、そこまでばれてるか。生徒にそこまで読まれるってのもまずいな」

 若宮はぽりぽりと頭を掻きながら苦笑した。

「確かにわざとだ、隙を見つけての突きのタイミングを覚えてもらいたいってのもあったからな。あれならまあ、合格だよ、速水」

「やっぱり……」

「何だ?そんな顔するなよ、腕を上げたってのも本当さ。もう少し動きが遅かったら逆の横打撃で沈めてるところだ」

 そういって若宮はにやりとした。それをみた速水の顔は少し引きつっていた。若宮の全力打撃など食らったら気絶ぐらいですむかどうか……。それを恐らく本気でやるつもりだったのが理解できたからだ。

「ま、とにかくいまのセンでいけば戦場で充分身を守れるだろう。なんならスカウトに転職したってやれるぐらいさ」

「そのことなんですけどね……」

 といって、速水が何かを考える表情をした。

「?」

「本当に、役に立つんでしょうか?」

 若宮の沈黙を催促と受け取ったのか、速水が続ける。

「確かに若宮さんにいろいろと教えてもらいました。その効果を疑うわけではないんですが、戦場で実際に身を守るとなるとどのくらい使えるのか……」

 若宮は着替え終わると、くるりと速水の方を向いた。

「速水」

「はい」

「俺が戦場に初めて出たのは5年ほど前になるんだがな……」

 いささか唐突に始まった話を、速水はきょとんとした表情で聞いている。

「そのときはソウルの南にある陣地での塹壕戦だったんだが、最初っからひどい悪戦でな、武器弾薬なんてあっという間に尽きちまった。結局何とか撃退することに成功したんだが、その時何を使ったか分かるか?」

「さあ……」

「ただの棍棒になっちまった銃と、スコップだよ」

「!?」

「ウォードレスがあったにせよ、まあそれを振るい続けて何とか奴らを追い払ったのさ。まあ、小型幻獣ばっかりだったから出来たことなんだけどな」

「そうだったんですか……」

「それを振るうにも、役に立ったのが体に染み込んだ(俺の場合は文字通りだがな)銃剣術や格闘術だったんだ。それがなければ俺の戦歴は最初の一戦で済んでたな」

 速水の顔に、おぼろげな理解の表情が浮かんだ。

 若宮の表情が、普段になく真剣なものとなっている。

「速水、たとえ学兵といえど兵士である以上は死を覚悟しなけりゃならんこともある。だがそれは『決死』であって『必死』じゃあない。僅かでも生き残る可能性があるのなら、それにむけて最大限の努力をしなければならん。たとえ無駄に思えることであってもそれがひょっとしたら生死を分けることになるかもしれんからな」

 そこまで言った後、ふいに表情を崩す。

「……なんてな、柄にもなくお説教じみちまったけど、そういうことだ。余計なことだったか?」

 そういって若宮は照れくさそうに頭を掻いた。

「いえ、なんとなく分かった気がします。若宮さん、ありがとうございました」

 速水の瞳にはもう迷いはなかった。

 若宮は、自分の言ったことが普段芝村が言っていることと重なるような気がしてちょっと苦笑したが、すぐに言葉を続ける。

「そうか、なら今から続きをやるか?」

「えっ、い、いや、その……」

 しどろもどろになってしまった速水に、若宮は豪快に笑いかけながら冗談だよ、といった。速水もちょっと困ったような笑みを返す。

 訓練は、体を休めて初めて身につく。今の速水は格闘戦だけでなく基礎体力作りでも自分の体を虐めているといってもいい。今は休むのが何よりの訓練になるだろう。

「まあ、お前の乗ってるのは人型戦車だからな。案外、なんか役に立つかも知れんぞ?」

「ええ、そうですね」

 言った方も言われた方も、いくらなんでもこのときはちょっとした冗談のつもりだった。

 

 

 

「201v1、201v1。全兵員は現時点をもって作業を放棄、可能な限り速やかに教室に集合せよ。繰り返す……」

 出撃命令が校内に響き渡り、各員があわただしく集合してくる。本校舎の方でも慌しいのは向こうも出撃するのだろう。

 めいめいがウォードレスに身を固め、出撃のときを待っていた。うっすらと汗を浮かべている者もいる。

 次々と詳細情報が入ってきた。

「空港南部付近に幻獣実体化!数、およそ200!数派に分裂しつつ市内方向へ移動中!」

「自衛軍独立第2、第3、第5戦車中隊、展開完了!」

「航空支援要請中、グリッド568-253付近の部隊は誤爆に注意せよ……」

「市南部に実体化反応あり!」

 善行が眼鏡を押し上げながらゆっくりと言った。

「我々は熊本市北部の菊池市に展開。実体化しつつある幻獣を迎撃します。なお、現在他の部隊の展開が遅れており、現地に展開出来ているのは1個小隊だけだそうです。そこで我々には『他の部隊の展開が完了するまで持久せよ』との命令が出ています」

 眼鏡を押し上げ、再び説明を続ける。

「我々は即時出撃し、現地展開の部隊と合流、他の部隊が展開するまで防御戦闘を行います。何か質問は?」

 返答なし。

「解散」

 その声と同時に、全員が弾かれるように走り始めた。

「予備電源スタート!」

「人工筋肉ウォームアップ即時待機準備完了!」

「予備武器、弾薬、規定数準備完了!」

「出撃準備完了!」

 整備員達が素早く各々のトラックに分乗する。パイロット達は既にコックピットについていた。

「出撃前点検、全項目異常なし、オール・グリーン!舞、いつでも行けるよ」

「うむ……、舞だ、3号機出撃準備完了」

 同じく1、2号機からも準備完了の報告が届いた。

「5121小隊、出撃」

 命令と共に、10tトラックが咆哮を上げつつ移動を開始した。

 

 

 

「展開中の部隊との連絡は?」

「まだ確認でき……あ、今入電あり!回線をそちらに回します!」

 瀬戸口が素早くスイッチを切りかえる。善行がマイクを取り上げた。

「こちら第5121小隊、司令の善行です」

「こちらクレイジーナイフ小隊、佐倉!待ってたぜ!」

 ヘッドホンに切羽詰った調子の声が響く。どうやら向こうの小隊司令らしい。

「そちらの状況は?」

「良くはないな、ウチの士魂号(L型だが)は4両のうち既に1両が大破、残りも大なり小なり損傷を受けている。当初の情報より実体化が早い上に数が多い。推定80~100という所だ。とりあえずはこれ以上の前進は食いとめているが、長くはもたん」

「了解!こちらはあと10分で戦闘区域に突入します。もう少し頑張って下さい」

「待ってるぜ!アウト」

 通信を隊内無線に切りかえる。

「全士魂号に連絡。先発したクレイジーナイフ小隊が現在防戦中なるも苦戦している模様。各員は戦闘区域突入と同時に出撃せよ。整備班長、即時出撃は可能ですか?」

「こちら原、いつでもOKです!ウォームアップ開始します」

「わかりました。全士魂号、クールよりホット!」

『了解!』

 全員の声が唱和した。

 

 

 

 轟音と共に紅蓮の炎が上がる。1両の士魂号L型がゴルゴーンの生体ミサイルをくらったのだ。制御を失った車体はそのまま廃屋に激突し動かなくなった。

 上部ハッチから辛うじて手が突き出されるが、そこで動きが止まり、やがて炎の中で焼け崩れていく。

「3号車被弾!脱出、確認できず……」

 オペレーターの声は震えていた。佐倉万翼長の握る拳に力が入る。

「5121小隊はどうなってる?」

「2分ほど前に士魂号M型を3機出撃させたとの報告が入っています。速度から考えて援護位置に入るまであと約3分です」

 佐倉もここは頷くしかなかった。これでも脅威的なスピードである事には間違いないのだ。

 しかし……。

 現状はクレイジーナイフ小隊にとって極めて不利だった。既に2両が撃破され(戦死3名)、残った2両も徐々に追い詰められ、交代を繰り返しつつの遅滞防御戦術しか取れない状況となっていた。

「司令、1号車より入電。全面的な後退の許可を求めています」

 佐倉は少しの間俯いていたが、やがて司令らしい、威厳を込めた声で命令した。

「後退は許可できない。1号車並びに2号車は引き続き後退戦術を実行せよ。5121小隊があと少しで到着する、それまでなんとしても持ちこたえろ!」

「……了解」

 微かに頬を引きつらせながらオペレーターが命令を伝達する。

 仕方がないじゃないか。心の中で佐倉が呟く。

 ここを抜かれたら大分との数少ない連絡路がまた一つ断たれてしまう。数少ない補給陸路を破られるわけにはいかないんだ。

「指揮車、前進準備」

「!?」命令されたドライバーが驚いて振りかえる。

「どうした。まもなく敵先頭集団が妨害電波の有効範囲に入る。最大出力で思いっきりやってやれ!砲手!煙幕弾連続散布用意!」

 瞳に理解の色を示したドライバーは、ゆっくりと前進を開始した。車体上部の25mm機関砲から煙幕弾が次々と撃ち放たれ、スポット・ジャミング(特定帯域電波妨害)が最大出力で実施された。

 

「指揮車、前進開始!……煙幕散布及びジャミング発信開始、レーザー、ミサイルとも命中率低下します!」

 1号車内、ドライバーが驚きを隠せない声で報告する。

「指揮車が?」

 なるほど、司令も覚悟を固めたって事か。

「よし、我々は引き続きここで遅滞戦術を続行する。適当な窪みに隠れてくれ」

「了解!」

 それから数分間、残る2両のL型は可能な限りの戦術を駆使して幻獣を食い止め続け、十数体を撃破した。もっとも代償も大きく、2号車ならびに指揮車は大破(乗員は脱出)、1号車も右前輪を吹き飛ばされている。

「車長、もう限界です!」

と、その時目の前にミノタウロスが出現した。

「!!」

 まさにその拳が装甲を打ち砕かんとした刹那、轟音と共にミノタウロスの頭部が飛散した。頭を失った体はゆっくりと倒れこみながら霧散していく。

「!?」

 何が起こったか理解し得ないうちに、通信が入る。

「こちら第5121小隊、速水!遅くなってすみません!只今より貴小隊の支援に入ります!」

 やがて、大きく張り出したミサイル・ランチャーを装備した士魂号複座型が姿をあらわした。

「こちらクレイジーナイフ小隊1号車、沢野、救援に感謝する!」

「この場は引き受けます。そちらの司令も補給ラインまで後退できたそうなので、急ぎ合流して態勢を立て直してください」

「すまない……行くぞ、急速後退!!」

 こうして1号車は後退しつつ、無事味方補給車との合流を果たした。後には速水たちが残される。

「舞、敵の数は?」

「約70というところだ。頑張ったらしいが、L型ではいかんともしがたいだろう」

「僕らとしても楽じゃないけどね……、やるしかないか」

 ため息混じりに速水が呟く。

「厚志、弱音を吐いている場合ではないぞ。今こそ我らが好き勝手の代償を支払う時だ。行くぞ」

 舞の言葉に苦笑しながら、

「了解。まあ、舞と一緒なら文句はないよ」と速水が言うと、舞は顔を赤くしながら、

「こ、こんな時に何をヘンな事を言っておるか!真面目にやらんか!」

 と言った。

「了解」と速水は再び苦笑しながら、傍らの僚機に連絡をいれる。

「じゃあ、なんとか味方が来るまで頑張ろう。いつもの通り突撃するから援護を頼むよ」

「承知しました。任せてください」

「おう、バッチリ援護するぜ!」

 壬生屋・滝川の返事を聞きながら、速水は士魂号を疾走モードにいれた。

 ここに防衛戦の第二幕は切って落とされたのである。

 

 もともと戦力にかなりの差がついていたので、3機とも行動は慎重にしてきたつもりだったが、とうとうその均衡が破れるときが来た。

「1号機、大破!行動不能!」

 ヘッドセットから瀬戸口の声が聞こえる。

「瀬戸口君、壬生屋さんはどうしたの?」

 いやな予感を覚えつつ速水が尋ねる。

「大丈夫だ。無事後方に射出された。しかし、まずいな……。1号機が墜とされたんで、2号機が敵の真中で孤立しちまった。このままじゃ長くは保たんぞ」

「3号機。速水千翼長。2号機の援護に向かって下さい」

 こんな時にも冷静な善行の指令が届く。

「了解。側面援護しつつ攻撃を分散させます。その間に脱出させて下さい!」

「頼みましたよ」

「無茶はするんじゃないぞ。バンビちゃん」

「もう!その呼び方はやめてよ!」

 いつもの瀬戸口のからかいに、速水の語気もほんの少し強くなる。

「はっはっは、悪い悪い。……だがな、マジで無茶はするんじゃないぞ」

「うん、分かってる。ありがとう」

 そう言うやいなや、速水は士魂号複座型を全力疾走体勢に持っていく。

「舞、最適支援ポイントは算出できる?」

「任せるがよい、といいたいところだが……。こちらの武装がちと少なすぎるな……」

 支援ポイントの計算を行いながら舞が眉間に皺を寄せつつ答える。

 既に先ほどの戦闘でミサイルは全弾撃ち尽くした。残るは92mmライフルだけ。

「ライフルの残弾は?」

「残り4発、予備弾倉が1個だ」舞が答える。

「無茶はしたくないけど、いざとなったら白兵戦かなぁ」

 およそ戦場に似つかわしくないぽややんとした口調で速水が呟く。

「それしかないな。そうなったらそなたに任せるぞ」

「うん、分かってる。じゃあ、行こうか」

「うむ。ポイント算出完了。急げ!」

「了解!!」

 

「くそぉ!貴様等なんぞにやられてたまるか!」

 コックピットの中で滝川が叫ぶ。

 すでに両手に持っているジャイアントアサルトはほとんどカラだ。予備弾倉はない。

 滝川は叫びながら残り少ない弾丸を目の前のミノタウロスに叩き込む。

 タングステン弾芯の20mm弾は、ミノタウロスをあっという間にただの肉隗へとかえる。霧散していく肉体。

<アサルト1、弾薬切れ>

<アサルト2、弾薬切れ>

 士魂号から警告が届く。

「くそっ!」

 滝川は罵りの声を上げるとジャイアントアサルトを投げ捨て、格闘戦の構えを取った。アサルトに巻き込まれて数匹のゴブリンが消滅する。

 滝川は射撃戦を得意とする分、格闘戦には弱い。構えはしたもののどうしたらよいかはあまり分かっていなかった。

 そこに突っ込んでくるミノタウロス。

「まずい!」慌てて防御姿勢をとろうとする滝川、しかし間に合わない!

 ――と、その瞬間、ミノタウロスが胸に大穴をあけてそのまま霧散する。

「何!?」

「滝川、大丈夫!?」

 途端に飛びこんでくる速水の声。

「今支援ポイントに到着した。急いで態勢を立て直して後退しろ!」これは舞だ。

「速水と、芝村?ひょう、助かったぜ!」

 思わず歓喜の声を上げる滝川。

「安心するのはまだ早い。こちらもそうそう支援はしておれん。早く後退しろ!」

「了解!すまねぇ!」

 滝川の2号機は素早く態勢を立て直すと一目散に補給ポイントへと向かう。その間3号機はライフルを慎重に、しかし的確に撃ちつづけた。

 

「厚志、弾切れだ」

 最後のライフル弾を撃ちながら舞が報告する。

「うん、でも、もう少しだけ時間を稼がないと……」

 既に操縦系を格闘モードに切り替えながら速水が呟く。2号機が弾薬の補給を完了して戦線に戻ってくるにはまだもう少し時間がかかる。

「そなたの好きにするがよい」

 舞はわずかに苦笑しながら全操作系を速水にまわした。

 超硬度大太刀を青眼に構えた速水は、ジャンプを繰り返しながら幻獣が集団をなしている中へと突っ込んでいった。

 トマホークの雨を体を僅かに沈みこませる事でかわした後、水平のなで斬りでゴブリンを3体ほどまとめて両断する。後方からのレーザーをジャンプで避けながらキメラの傍らに着地し、擬似頭部を叩き飛ばす。正面から突っ込んできたミノタウロスには突きの姿勢のまま体当たりし柄まで埋まる勢いで刺し貫いた。

 状況に変化が起きたのは8体目を切り倒した時である。指揮車から連絡が入った。

「こちら瀬戸口、速水、別方向から幻獣の新手が出現した。滝川はそちらを抑えるので出払ってる。……速水、すまんがそちらには増援はまわせん」

 瀬戸口の声はこころなしか固くなっていた。

「……援軍は?」

「あと20ぷんはかかるのよ、あっちゃん」

 今度はののみから報告が入る。

「……分かった。こっちは何とかするから援軍が来たら急いで回してね」

「ああ、分かってる」

 通信が切れた。

「舞、悪いけどちょっと無茶をするよ」

 いつものぽややんとした声とは打って変わった冷静な声で速水は言った。

「厚志……?分かった」

 一度任せると決めたからには余計な口出しはしない、そう決めたのか、舞はたたそれだけを言うと、損傷分を含めた筋力の再配分を開始した。

「ありがとう、行くよ!」

 一声叫ぶと、速水は至近に接近していたキメラに超硬度大太刀を叩きつける。

 だが、超硬度大太刀は硬質の破壊音を残して砕け散ってしまった。先ほどの斬撃で対応限界を超えていたらしい。

「!!」

 速水は素早くジャンプすると、辛うじてキメラからのレーザーを外す。3号機は手近のビルの屋上に着地した。

「厚志、大丈夫か!?」

「超硬度大太刀がやられちゃった。柄のところから折れてるからもうダメだね」

 柄を投げ捨てながら速水が答える。

「こうなったらあとはパンチとキックしかないか……?」

「いや、まだ武器はあるよ」

 舞の呟きに速水が答える。

 若宮との会話を思い出しながら、速水は92mmライフルを手に取った。そしてライフルを逆手に構える。こちらの方がリーチが長い。

「厚志……?」

「舞、ごめん。さっきよりもっとひどくなるけど舌を噛まないように気をつけてね……、せいっ!!」

 そう言うと、速水は屋上から士魂号をダイブさせた……。

 

 人間は、ごく近距離の戦いでは例え銃を持っていても引き金を引くことを忘れてしまう。そんな時、最大の武器となるのは昔ながらの鈍器である。

 まるで対人間の白兵戦さながらに3号機は戦いつづけた。

 最初のダイブで勢いをつけて飛び降りながらキメラを踏み潰すと、そのままライフルを横なぎに振ってゴブリンリーダーの頭部を粉砕する。かと思うと左手でグリップ、右手で銃身を掴んでそのまま銃床(肩当ての部分)を手近のゴルゴーンにめり込ませた。

 右に左にライフルを振りまわすたびにライフルが幻獣の肉体にめり込み、臓器を叩き潰し、頭を砕いた。

 どのくらいそうしていただろうか。既にライフルの銃身はゆがみ、幻獣の血は霧散してもなおこびりついている。速水の呼吸もだいぶ荒い。自らが動くわけではないがその精神集中は確実に速水の体力を削り取っていった。

 戦いの間中、若宮と交わした会話が頭の中でフラッシュバックしていた。右に動く敵、左に動く敵、前進、後退、攻撃、防御。全ての場合に対してまるで自らが銃を構えているかのような動きだった。

 だが、それにも限界がある。何十体目かを倒した時、速水は激しい衝撃を感じた。3号機はミノタウロスにまるで正面から掴まれているような格好で抑えつけられていた。

 速水の目がすうっと細められると、荒々しい叫びと共にライフルが投げ捨てられる。

ミノタウロスの両手の間に下から士魂号の両手をねじりこみ、一気に跳ね上げた。

 バランスを崩したミノタウロスがよろける。

 そこを速水はキックでミノタウロスの股間を蹴り上げた。人間なら悶絶する程度のものだろうが、あいにくと士魂号の蹴りはそんなに優しくない。蹴った足先は股間から腹部を蹴り破るようにして突き抜けていった。声にならない絶叫と共にミノタウロスが霧散する。

<右脚部損傷18%、右足マニピュレーター作動せず>

<右足各筋肉、弾性限界まであと5%>

<動作可能時間、あと5分>

 なんとか攻撃を退けたものの、既に士魂号はほとんど動く事が出来ない。速水は思わずその場に膝をつく。周囲をじりじりと幻獣が取り囲んでいくのが分かるが、もう、どうしようもない。

(ここまでかな……)

「舞、ハッチを開けるから君だけでも脱出して……、舞?」

 返事がないのを訝しみつつも速水の手が脱出レバーにかかったその時、異様な音響があたりを支配した。数百両の急行列車が急ブレーキをかけたようなものすごい騒音。

「!」

 なんの音であるか記憶と合致させた速水が、最後の力を振り絞って士魂号を伏せさせる。次の瞬間、あたりが猛烈な爆炎に包まれた。

 支援部隊の曲射砲が着弾した瞬間である……。

 

 

 

「千翼長、どうやら無事にお帰りになられましたな」

 全てが終わり、何とか尚絅高校まで帰ってきたところで若宮が話し掛けてきた。

 ……口調が変わる。

「どうやら役には立ったみたいだな」

「若宮さん、ありがとうございました。おかげで……」

 そういいかけたところを若宮が軽く手で遮る。

「?」

「俺はいいから、早く姫さんのところに行ってやれよ。さっきからお待ちかねだぜ」

 見ると、確かに少し離れたところに舞がぽつんと立っていた。速水は急いで若宮に挨拶すると、舞の元へとかけていった。

 若宮はそんな速水の様子を見て、ふっと軽く笑うと訓練のためにグラウンドへと歩いていった。

 

「すまぬ、厚志よ。私はそなたの役に立てなかった……」

「舞……?」

 速水の問いにも舞は俯いたままだった。歯を食いしばり、何かに必死に耐えているようにも見える。

 ようやく救援が間に合って、3号機が補給ラインに帰り着いた時、舞は、あまりの衝撃に耐えきれず失神してしまっていた。その時の速水の錯乱振りについては、本人の名誉のためにも話すべきではあるまい。

 ようやく歯の間から押し出すようにして舞が言葉を続ける。

「そなたをサポートせねばならぬはずの私が失神するなど芝村としての恥辱だ。だが、芝村に負けはない。厚志、見ているがよい。私は必ずそなたのパートナーとしてふさわしい技量を身につけてみせる。だから、その、今日は私を許すが良い……」

 速水は、そのまままた俯いてしまった舞の肩にそっと手をかけた。驚いた顔で舞が見上げると、速水は優しい表情でゆっくりと頷いた。舞は顔を赤らめながらも速水に力強く頷き返した。

 恐らく舞は気付いていないだろうが、彼が生き残る事が出来たのは、若宮の特訓のおかげもあったが、なによりも舞を守りたかった事だったと速水自身が知っているからだ。

 速水もそのことは言うつもりはない。自分がわかっていればよかった。

 自らの生を呼びこんでくれた舞を守りえたことと、その裏づけを与えてくれた若宮とに速水は感謝した。

 それに、戦闘において舞にも不向きな部分があると言う事を教えてくれた点もね。

 少々不謹慎だとは思いつつ、速水はそんな事を考えていた。

 やがて、仕事に誘った速水とそれを快諾した舞は、寄り添うようにしてハンガーへと向かっていった……。

 

 

 

 後日、格闘戦の訓練を舞に申し込まれた若宮が、そのあまりの徹底振りに辟易したというのは全くの余談である。

 

 (終わり)

 

戴いた日:2001/7/30