-RETURN TO CHILD'S HEART-

 

 

「訓練をしましょう!」

早朝の会議室に張りのある声が響いた。

いつもと変わらぬ風景ではあった。

ただし、立ちあがって蠢いている岩田を除いて、全員が凍り付いている事を除いて、だが。

「はあ、誰か意見はありませんか?」

岩田が発案者という事で、善行が訝しげではあるが一応会議に出席しているメンバーに意見を求めた。

はーい、と元気に手を挙げたのは突撃娘こと新井木である。

「反対で~す。敵もいないのに訓練なんかする意味無いし。」

一同はもっともだ、といった風に頷く。

最近は、彼らのおかげで熊本中の幻獣はほとんど駆逐され平和極まりないのだ。

こんな時に何故訓練なのか?という怠け心が支配的である。

さりげなく遠坂が岩田に助け舟を出した。

「良いんじゃないですか?たまには。このままでは少々退屈ですし。」

退屈です、というところには誰も口を挟む余地は無い。

軍務に対してこのような言い方が相応しいのかは別として、ここ二週間閑古鳥が鳴きっぱなしなのだ。

だからといって、下手に全体訓練等になろうものなら若宮あたりに付き合わされ、翌日全員筋肉痛でダウンという惨劇になりかねないのでメンバーは慎重な態度を崩さない。

このままでは確実に否決されると判断した岩田は、一気にメンバーの切り崩しに入った。

「一応言っておきますが、今回の訓練は勝者には商品が出ます。と、その前に資料を配るのでそれを見て決めて下さい。」

フフフ、と不気味な笑みを浮かべながら岩田が配る紙に、メンバーは言い知れぬ不安を覚えた。

大体、訓練に勝者?いや、それよりも岩田が出すであろう商品が更なる不安を煽り立てる。

とりあえず、資料に目を通してみる。

 

 

訓練案

 

目的  咄嗟の判断力及び体力向上

 

方法  一、チームを二つ作る。それぞれが追う側と、追われる側を演じる。

    二、追う側は基本的にあらゆる手段を使って良い。逃げる側は攻撃禁止。

    三、追う側は陣地を決める事。

    四、追われる側は捕まったら神妙にすること。

    五、捕まえるという行為の定義は、追う側が追われる側の体の一部を10秒間掴む事を言う。

    六、捕まえた者は陣地へ連行し、捕虜とする。

    七、捕虜となった者は、まだ捕まっていないものが救出する事ができる。

    八、救出は捕虜に触る事で行われたものとする。

    九、参加者を殺してはならない。

    十、制限時間は三時間とする。

    十一、三時間逃げ切れれば勝ち。

 

勝者に対する特典。敗者へのペナルティ

 

    逃げ切れたものは追う側に対し、一人あたり最大壱千円相当額の金品を要求できる。

    追う側は、最後まで捕まっていたものに対し最大壱千円相当の金品を要求できる。

 

                              以上

 

 

「警泥、ですか。」

ぼそっと善行が呟いた。

他の面々はルールはともかく、善行の言葉の意味がわからない。

「いえ、知りませんか?あれ?私なんかは小学生くらいの時に遊んだ経験があるんですが。」

どちらかといえば、善行が子どものころの姿の方が理解に苦しむ、と皆思ったが勿論口には出さない。

そんなことより、この紙に恐らく岩田が書いたであろう一文が気になっている。

一人一人書いてある言葉が違うようで、それぞれが異なる反応を示している。

 

原は紙を握りつぶさん勢いで、岩田を睨みつけている。

そこには、『体重計』とだけ書いてあったが、意味は原に痛いほど伝わったようである。

速水は不敵な笑みを浮かべて、妄想に耽っているようだ。

こちらは、『舞。プールを賭ける』と書いてある。

壬生屋の場合は文章でなく、一枚の写真が貼られていた。

写真には、5121の愛の伝道師と紅い制服を着ている女学生のツーショットが写っている。

哀れな滝川は、不気味な笑みを浮かべている速水と、怒りのあまり顔面が蒼白になっている壬生屋に挟まれて生きた心地がしていなかった。

すでに、壬生屋が賛成したら自分も賛成しよう、と心に決めていた。

 

それぞれの反応をみて満足したらしい岩田は、善行に採決を促した。

「では、決をとりましょう。壬生…。」

「最良だと判断します!」

善行が言い終えるよりも先に壬生屋が大声で賛成した。

当然予定通り滝川も賛成。

にこやかに速水も賛成。

岩田と通じていたであろう遠坂も賛成。

面倒が嫌いな新井木は反対。

どうせ参加できないだろう狩谷も反対。

最後に原がうめくように賛成の意を示して採決が終わった。

「賛成多数で可決する。」

善行が高らかに可決を宣言し、訓練の名を借りた『大賭け警泥大会』の開催が決定された。

 

 

同日 正午

 

グラウンドに集まった七名の勇者…いや逃亡者たち。

彼らは己の欲望と自身の体力の向上を目指し、この『大賭け警泥大会』で逃亡者を演じるのだ。

その勇敢なメンバー達は、発案者である岩田とその仲間達。

ソックスロボこと滝川。

「おい、タイガー。お前も逃げる方なのか?」

ソックスタイガーこと遠坂。

「私をその名で呼ぶなぁ!…私だって欲しいものがあるのだ。」

ソックスバットこと岩田。

「フフフ、貴方が狙っているのはズバリ田辺の靴下ですねぇぇ。イイ、凄くイィィィ!!」

「私を変態のように呼ぶなぁぁぁ!!」

そして我等がソックスバトラーこと中村。

「…バットもタイガーもその辺にしておけ。」

本気モードな中村は普段のような熊本弁ではなく標準語になっている。

それほど彼らの入れ込みようが伺える。

 

続いて、舞と『僕が三時間逃げ切れたらプールでデートね。』と一方的な約束を取り付けることに成功したあっちゃんこと速水厚志。

「ふふっ。舞はどんな水着を着てくるのかなぁ。一緒に水着を買いに行くのも良いなぁ。」

どうやら既に勝った気でいるようだ。

 

原因は不明だが、壬生屋と原からそれぞれ熱烈な推薦をうけ逃亡役に回された瀬戸口と善行。

「委員長。あんた原女史に何か恨みでも買ってるのかい?」

「貴方こそ壬生屋さんに黙ってデートなんかしているからですよ。」

「おや、知ってたのか。」

「伊達に…いえ、なんでもありませんよ。」

「何だかね、この人は。ま、そんなことはどうでも良いか。」

確かに、瀬戸口にとっては善行が『奥様戦隊』などを結成している事はどうでもよく、いかにして追っ手の男たち、主に若宮や来須から逃げるかが重要なのである。

女性に後ろからやんわり抱かれて捕まるのならば願ってもないことだが、若宮や来須の筋肉たくましい胸に抱かれるというのは、どうにもぞっとしない。

適当に捕まってしまうのが吉かもしれないが、ののみに『生き残って何か美味しいものでも食べようか。』と言ってしまった手前、そう簡単に捕まるわけにはいかないのだ。

ただ、捕まるのなら女性が相手にしよう、と密かに心に決めていた。

 

タタタッと軽快な銃声が届くと同時に、審判の先生たちが全員集合をかけた。

「よーし、お前ら!訓練を始めるぞ!おらっ、集まれ。整列だ。」

「ほ、本田先生。実弾で撃たないで下さい。生徒に当たったらどうするんですか。」

「無駄ですよ、芳野先生。この人はいつもこうなんですから。」

5121のメンバーが一斉に敬礼した。

「いいか、陣地は砂場だ。追跡組はそこで待機だ。行け!ののみと狩谷は参加できないから職員室で待機してろ。」

そして本田は残った逃亡組の肩を一人一人叩いて笑顔で言った。

「岩田、滝川、中村、遠坂、速水、瀬戸口、善行、生き残れ。お前達を追うやつらは手強いぞ。骨は拾ってやるから安心しな。ぎゃはははは。んじゃあ、始めるぞ、よーい──。」

本田のアサルトライフルが空へ向けられ、正に開始の銃声が轟こうとしたその時、

「待てぃ!我も参加する!」

頭上から響いてきた声にみんなが反応して視線を送ると、そこには華麗に空を舞う巨体があった。

眩いばかりの白い制服に胸の階級章が映える。

くるっと空中で体を捻って華麗に着地したその人物とは…

「じゅ、準竜師!?何故こちらへ?」

「何も言うな、坂上。我は最近運動不足気味。ただそれだけの事なのだ。」

「はあ、しかし、軍務の方は?」

「更紗に一任してある。心配はいらん。」

このおかげで物資を必要としているほかの部隊が苦労する事を考えると、坂上は心が痛んだがこうなってしまったからには仕方がないのだ。

「準竜師、よろしいですね?じゃあ改めて、よーい。」

パンッと心地良い音が響くと同時に陣地を囲んでいる追手組が大声で数字を数え始める。

これを百秒数え終わったら追手が追跡を始めるのである。

 

 

グオッと轟音を残して散る滝川を除いたソックスハンターたち。

人外の者の凄まじさを呆然と見つめる滝川を残し、瀬戸口や速水も隠れようと行動を開始しようとした。

が、善行がそれを遮った。

「待ちなさい!速水君、瀬戸口君。みんなでバラバラに行動するのは得策ではありません。」

瀬戸口と速水を呼び止めて、改めて行動を開始する善行。

「どういうことだ?こういうのは隠れてやり過ごすのが定石だろう?何だってまとまって行動するんだ?」

「確かに普通の鬼ごっこやかくれんぼでは、分散して逃げるのが定石です。だがそれは追跡者が一人だから有効なのです。この場合は追手が複数いるので一人では逃げ切れません。相手が複数いるのならこちらも複数で撹乱した方が、発見されても逃げやすいんですよ。それにね、相手もまさか複数で行動してるとは思いませんから、一人が囮として犠牲になれば他のメンバーは生き残れます。」

説明をしながらも、善行は尚敬校に入り、窓という窓、扉という扉の鍵を開けていく。

「司令。何やってるんです?」

「速水君。貴方も手伝いなさい。窓を開けておけば万が一の時の脱出ロとして使えます。あ、鍵を解除するだけで良いんですからね。あからさまに窓が開いていると、気付かれて塞がれてしまいますから。」

「マニアックだな。」

「ふ、これでも昔は陽炎の善行としてならしてましたからね。」

ほんの少し頬を赤らめてメガネを押し上げる善行に背戸口と速水は思わず顔を見合わせた。

そうこうしているうちに、逃げる為の準備時間が二十秒を切っている。

あと僅かで追跡が開始されるのだ。

「さて、とりあえず何処かに隠れるとしましょう。」

 

 

「かおりん、来須先輩!そっちに行きましたー!」

遠坂は不運にも、哨戒活動中だった新井木、若宮組に見つかってしまい、一世一代の逃亡劇を演じているところだった。

遠坂の前にはゴッドハンド田代と最後の精霊手来須の鉄壁の防衛線が待ち構えていた。

後ろを振り返れは、新井木、若宮の高軌道でありながら堅牢な壁が追いかけてくる。

遠坂は急停止して今までと反対、つまり新井木組みのほうへ進路を変更し疾走する。

咄嗟にしては悪くない判断だったが、いかんせん数が違う。

上手く体を捻って新井木をかわすも、その隙を待っていた若宮に足を引っ掛けられ、畳み掛けるように田代、来須両名が完全に遠坂を取り押さえた。

哀れ遠坂は来須の下敷きとなって失神していた。

『来須、聞えるか。遠坂を陣地へ護送したらその足でハンガーを包囲してくれ。作戦どおりトラップを使う。餌はお前の靴下が良かろう。』

「…わかった。行くぞ…。」

若宮が遠坂を引きずっていくのを見送る間もなく、来須たちは走り始めた。

 

 

砂場でインカムを片手に着々と指示を出す舞に、準竜師を除くソックスハンター一網打尽の報が届いたのはそれから間もなくだった。

開始僅か20分で最も手強いと思われた4人を捕まえる手際の良さに、陣地直衛の原は驚嘆した。

「さすがと言うべきかしら、芝村さん?」

「ふむ、結局は戦争と同じだ。多人数をもって個人を叩く。各個撃破は戦略の基本だからな。それに捕まえた数が多くなればなるほど追跡に多く人間を割けるようになる。萌、速水の場所はつかめたか?」

「…細かい場所は…わからない。…でも尚敬校の中に…いるわ。」

「尚敬校か。厄介な場所だな。原。加藤と…そうだな、校門前にいる田辺、壬生屋を連れて来須たちと合流して尚敬校を探してくれ。陣地の直援は私と萌、森と少々心もとないがなんとかなろう。いや、物見の茜を呼び戻す。時間がかかっても念入りに捜査してくれ。」

わかったわ、と言い残し消える原の後ろ姿を見ながら、舞は最大の敵をどう攻略するか考えをめぐらせていた。

しかし実は、舞が考えている最大の敵は、既に意外な人物の乱入により姿を消していたのだった。

 

 

「おい、善行?二階じゃなくてもっと上の階の方が良かったんじゃないのか?」

とある教室に隠れている善行たちに遂に追跡の手が及ぼうとしていた。

先程侵入してくるメンバーを確認したら、八名と予想以上の人数だった。

これでは単純に二手に分かれてきたとしても四名ずつで、善行たちが一点突破を図っても人数で負ける。

しかも相手は精鋭である。

善行は賭けに出ることにした。

「仕方ありません。こうなったら速水君。囮として捕まって下さい。」

「おいおい善行。速水を犠牲にして自分だけ助かろうってわけじゃないだろうな?」

「嫌ですよ。舞とのプールがかかってるんです。」

「いえ、速水君を囮として速水君を含めた全員を助け出します。まず、速水君はこの部屋から出て彼らに捕まってください。その際に、私と瀬戸口君が上の階にいるようにほのめかしてください。そうすれば彼らは急いで上の階の捜査をしようとして、この階の捜査はおざなりになるでしょう。そこで、私と瀬戸口君が手薄になった敵陣地を急襲します。」

「なるほどな。しかしリスキーじゃないか?」

瀬戸口は作戦自体はわかったが、いまいち乗り気ではない。

第一速水がこの部屋を出て捕まったとして、この部屋も捜査されないとも限らず、全員仲良くお縄にある可能性もあるのだから。

だが、善行はそんな瀬戸口の言葉に、不敵な笑みを浮かべながら言い返した。

「riskとは『越えるべき危険』という意味です。絶対的な危険を示すdangerとは違いますよ。」

「越えるべき危険ですか。わかりました。囮役引き受けます。その代わり絶対に助けてくださいよ?」

「ええ、任せてください。あと捕まって敵陣にいる間は出来るだけ芝村さんの気を引いておいてください。」

善行と瀬戸口、そして速水は固く握手を交わしてわかれた。

 

「いた!速水君よ!」

原の声を合図として一斉に踊りかかる八名。

速水は健闘して三人まではかわしたが、結局来須の太い腕に捕まってしまった。

「司令!瀬戸口君!逃げてください!追手です!」

いかにも上の階に善行たちがいるような、迫真の演技だった。

「芝村さん。速水君を捕まえたわ。どうやら善行は上にいるようだからそっちの捜査にあたるわ。」

『そうか!速水を捕まえたか!ふっふっふ、厚志め私を甘く見たな。田辺あたりに護送させてくれ。気をつけろ、残る二人も手強いぞ。』

そうは言うものの、この時の舞は明らかに気が緩んでいた。

もし、冷静な状態であったら彼女は階の捜査を徹底させたに違いない。

この一手の誤りが、大きな損害を招くとは、まだ知らなかった。

 

 

「こうも上手くいくとは。伊達に陽炎の異名をとっていたわけじゃなかったんだな。」

瀬戸口は陣地の様子を見ながら呟いた。

慌ただしく田辺が速水を連れて現れたが、すぐに尚敬校の中へ消えた。

今、陣地にいるのは舞と僅かな直衛だけ、まったくの手薄であった。

「行きますよ、瀬戸口君。思ったより時間がありません。」

へいへい、と生返事をしながら窓を開け放つと地面に飛び降りた。

そして陣地目掛けて疾走する。

すぐにプレハブ校舎屋上で周囲をうかがっていた森が、舞に警告を発した。

だが、速水との雑談に気を取られていた舞は即座に対応する事が出来ず、そして──

「よっしゃー!救出成功!みんな散れ散れ!」

「しまった!原、すぐに戻れ!嵌められた。善行はこっちだ!」

だが、時既に遅く脱兎の如く逃げ出した彼らを捕らえる事は出来なかった。

舞はインカムを地面に叩きつけながら己の迂闊さを呪った。

 

 

その後は暫らく小康状態が続いた。

舞が冷静でなくなれば良い、と判断した善行が速水に『舞との生活日記』を校内放送で音読させるという暴挙に出た。

『──舞ったら、映画の途中に…。』

「誰か!あやつを止めろ!どこだぁー!厚志ー!」

完全に冷静さを失った司令官舞のもとでは精鋭も統制を欠き、反対に善行率いる逃亡組は見事な連携を見せて追手を煙にまいていた。

開始から二時間、このまま逃げ切れるかと思っていたのだが思わぬ誤算があった。

速水の日記がだんだん、恥ずかしくて聞いているのが辛くなるような内容になってきた為、音読を中止せざるをえなくなったのだ。

そして遂に動きがあった。

「あー、みんな!これから30分間休憩時間とする。食堂でサンドイッチを差し入れるぞ。」

車椅子を押しながら、参加していなかった狩谷がみんなにふれてまわった。

ふうっとみんなが一呼吸つき食堂へ向かおうとした。

「なあ、速水。ちょっと俺、トイレ行ってくるわ。」

滝川がトイレに消えていった事を知っているのは、速水だけであった。

 

食堂へ足を踏み入れた瞬間善行はこれが罠であった事を悟った。

食堂内にいる追跡組の数が半分しかいない。

とすれば残りは…。

「罠だ!みんな、まとまって突破します!」

すぐに反応できた瀬戸口と速水、中村が善行に続いて疾走するが、反応の遅かった岩田と遠坂はその場で捕まってしまった。

善行はすぐにハンガー方面へと足を向けた。

「司令、どういうことです?」

「芝村さんは狩谷君を利用しただけですよ!彼は審判ではありませんから、休憩などを宣言することは出来ません!」

しかもハンガーから見慣れたシルエットが姿を現した。

背中に箱を背負ったような姿は…

「騎魂号!?誰が乗っている?」

『厚志!さっきはよくも恥をかかせてくれたな!』

『瀬戸口さん!年貢の納め時です!』

外部スピーカーから、激しく存在を主張する二人の姫。

そして瀬戸口目掛けて振り下ろされる大太刀。

かろうじて一撃をかわした瀬戸口は、顔面が蒼白になった。

「どわぁー!こ、こ、こ、殺す気かぁ!?」

「こっちです、瀬戸口君!」

急停止して向きを尚敬校校門の方へ向ける逃亡組。

最早、そこしか逃げる道は残されていなかったのだ。

だが、それこそ舞の思うつぼだったのだ。

入り口に足を踏み入れた途端に、逃亡組の上から巨大な網が降ってきたのだ。

なすすべなく逃亡組は網に絡め取られてしまった。

騎魂号からも、一まとまりになって網にかかっている四人が確認できた。

「ふっ、敵に一つだけ逃げ道を与えておいて、そこに敵が集中したところを叩く!これも戦略の基本だぞ、善行?」

芝村の末姫は狭いコックピットの中で満足げに笑った。

 

 

「さあ、あと一分ですな。残念ですが、準竜師や滝川は現れないようです。」

若宮が時計を見ながら、気の毒そうに言った。

「あの馬鹿弟子。師匠を見捨てる気かぁ?」

「諦めましょう。この状態では無理です。」

「キチー。結局こうなるんか。」

「裏切りか。人間なんて醜いものですね。」

「裏切り裏切り、素敵な響きィィーー!」

全員が希望を失いかけていた時も、速水は滝川が来てくれる事を信じていた。

もっとも、もし来ないようならスカウトへ異動してやる、とか思ってはいたのだが。

そして奇跡は起こった。

「バンバンジー・ダァーシュッ!」

何処かで聞いたような声とともに現れた一陣の風。

そこで一同が目にしたのは、リテルゴルロケットで猛然と飛行する我等が滝川スキーの勇姿だった。

ヒーローになろうとしてか、はたまた報復が怖かったから助けに来たのか動悸は不明だが、とにかく彼は最後の救世主となった。

「レスキューバンバンジーアタァーック!」

アタックといいながら、攻撃するのではなく、しっかりと伸ばされていた速水の手の平に自分の手の平を打ち付けた。

「やった!勝った!」

速水が思わずこう言ったのも無理はなかった。

既に残り時間はほとんどなく、再び捕らえる事は不可能だったのだ。

舞もコックピットの中で自分の敗北を悟った。

だが──

「おのれ、滝川!ただでは勝たせんぞ!」

「ちょっと、芝村さん。何やってるんですか?」

壬生屋の問いは、騎魂号の行動をもって知らされた。

逃亡組に向けて、虎の子のジャベリンミサイルが火を噴いた。

「の、ののみー!」

「舞ぃー!」

「参りましたね…。」

思い思いの断末魔の声をあげて逃げ惑う逃亡組。

そして終末が訪れた。

 

 

翌日 熊本中央病院

 

「よお、バンビちゃん。生きてるか?」

包帯で全身ぐるぐる巻きになった瀬戸口は、二人部屋で同じになった速水に問い掛けた。

 

「なんとか生きてるよ。瀬戸口君こそ大丈夫?」

やはり包帯で被われた速水は林檎の皮を器用に剥きながら聞き返した。

病室には追跡組が一人千円ずつ出して買ったという林檎がいくつか置いてあった。

「大丈夫なもんか。お前さん、よく姫さんと付き合ってられるな。」

「えへへ。舞はちょっと恥ずかしがりやなだけだよ。プールに行きたくないからちょっと過激になっただけだよ。普段はねえ…。」

「お前さんにその話をさせると長いから今日は遠慮しておく。」

瀬戸口はただノロケられるのが嫌なだけだった。

普段なら笑顔で聞いたであろうが、愛の伝道師たるものが病院でくすぶっていなければならないということが、彼を苛立たせているのだ。

だが、ふと気になった事を速水に聞いた。

「なあ。準竜師のこと一回も見なかったんだけど、どうなったんだ?」

「さっきお見舞いに来た坂上先生に聞いたんだけど───。」

 

 

準竜師は尚敬校の避雷針の上に立ち、悠然と下で繰り広げられている警泥を見下ろしていた。

「ふっふっふ。常人には我を捕らえる事はできまい。これでこの小隊の靴下…。おわあっ!」

準竜師は突然バランスを崩して頭から屋上へと落下した。

一通り頭を抱えてのた打ち回って顔を上げると、そこには40mm高射機関砲をもった美女が立っていた。

「…靴下がいかがなされました、準竜師?」

一気に青ざめる準竜師。

「さ、更紗。何故ここに?」

「あなたこそ、ここで何をしてらっしゃるのかしら?確か自衛軍との超極秘会議とおっしゃられていませんでした?」

「え、あ、いや、その…。」

更紗は言いよどむ準竜師をかかとで沈め、傍らの坂上に向き直った。

「坂上教官。というわけで準竜師は軍務に復帰する事となりました。申し訳ありませんけどよろしく。」

そして迎えに来た北風から降ろされたロープを準竜師の足に巻きつけると、自身は縄梯子に足をかけながら坂上に敬礼し、尚敬校を後にした。

残されたのは、苦笑を禁じえなかった坂上と準竜師の悲鳴だけだった。

 

 

「──という事らしいよ。準竜師も大変だね。」

まるで人事のように言う速水に、瀬戸口は半ば呆れた。

「バンビちゃん。俺はお前さんがうらやましいよ。どうしたらそう楽観できるかねえ。俺にはあのカップルが将来のお前さんたちの姿を暗示してるような気がしてならないな。」

「あれも結構上手くいってるパターンだと思うな。司令とかはちょっと、ね。」

瀬戸口はカッターナイフを持って笑っている原の姿を思い浮かべてぞっとした。

「あの人も女運が悪いな。そういえば善行はどうなった?」

「昨日ちょっとはしゃぎすぎたって反省してたよ。怪我の方は意外と大した事ないって。」

「まあでも、アレだな。たまには思いっきり遊ぶのも悪くないな。」

瀬戸口の言葉に一瞬速水は遠い目をして言った。

「そうだね。みんなが本当に心から遊べるような世界にしたいよね。その為にはもっと頑張らないと。」

「…ああ、そうだな。」

 

二人の目はその時、果たしてどこを見ていただろうか。

恐らくお互いの暗い過去ではなく、明るい明日の事を考えていたのではないだろうか。

その日も熊本は平和だった。

 

 

「ところで岩田たちはどうなった?」

「全員今日退院だって。」

「…マジかよ。岩田はたっぷり三発はミサイルの直撃を食らってたぞ。」

「人類って僕等が頑張らなくても結構生きていけるかもしれないね…。」

 

 

                   めでたいですか?おしまい。

 

戴いた日:2002/5/18