お弁当協奏曲

 

 

舞ちゃんは疲れていた。

物凄く疲れていた。

死にそうに疲れていた。

 

物資の陳情に、士魂号の整備、授業に訓練、その他もろもろ。毎日明け方まで根を詰めての作業の連続。1日24時間など足りる訳がない。

その上、わずかな休息の時間もままならぬ。

理由は。

 

 

「止めろ、厚志。私は眠い」

「でも、舞」

「止めろと言うにっ」

ベッドで覆い被さってくる速水くんを舞ちゃんは乱暴に押しやった。

 

仕事が残っていたものの『ちゃんと休まないと』と押し切られる形で帰宅させられた彼女は、今こうして彼の部屋で速水くんと一緒にいた。が、倒れそうなくらいに眠いのだ。

 

「身体がもたぬ。いい加減にしろ」

「だって」

「ぐだぐだ言うな。さっさと寝ろ」

「舞―」

 

速水くんはしばらく舞ちゃんを見ていたが、再び彼女に張り付いた。

 

「ねぇ…」

 

うなじにかかる彼の息に目を閉じた舞ちゃんが眉をしかめる。

 

「疲れているのだ。その気にならぬ」

「じゃあ、その気にさせて…」

と言いかける速水くんに彼女は布団を跳ね除けてガバッと起き上がった。

 

「いい加減にしろと言っているッ」

「だって、このところ話すらしてないじゃないかっ」

 

舞ちゃんの怒号に負けじと速水くんが言い返す。

 

「仕方あるまい。そなたが激戦区へ転戦するからだ」

「戦況が変化したんだよ。それこそ仕方がないじゃない」

そう言って彼は頬を膨らませた。

 

 

速水くんは司令である。

4月に入って幻獣が数を増やした為に、彼は激戦区へと転戦した。

お陰で以前にもまして舞ちゃんたち5121小隊のメンバーは休む間も無く出撃を繰り返している。戦闘が無い日でも整備などに追われて授業を受けることさえままならない。

 

 

「僕たち恋人同士なんだよ?」

「それがどうしたっ」

語気も刺々しく舞ちゃんが言い放つ。

 

「だから…たまには、さ」

 

速水くんはなだめるように彼女の手を取った。その手に口付けて自分の頬に当てる。それから熱っぽい眼差して舞ちゃんを見た。

 

「舞」

 

いつもならば彼女は頬を染めてうつむくはずだった。が、睡眠を邪魔されて今舞ちゃんの機嫌は最高に悪い。彼女は半ば瞳を閉じて顔を近付ける彼の頬をもう一方の手で音を立てて挟んだ。

 

ピシッ。

 

「『止めろ』と言っている」

「…」

 

しばし睨みあう二人。

 

「何で駄目なの?まだ12時にもなってないじゃない。少しくらいいいじゃないかっ」

「駄・目・だ!」

 

舞ちゃんは速水くんに言い放ってから横になった。これ見よがしに布団を被って横を向く。

 

舞ちゃんには早く寝なければならない理由があった。速水くんより先に起きなければならないからだ。毎日彼に作るお弁当の為に、である。

 

「舞ってばっ」

 

絶好のチャンスを諦め切れない速水くんがしつこく布団を引っ張る。

 

「『一緒に寝る』方がもっとぐっすり眠れるでしょ?」

 

そう言う速水くんとて疲れていない訳ではなかった。しかし『舞ちゃん』と『疲労』を天秤にかけると舞ちゃんの方が圧倒的に比重が重いわけで。

 

「一緒にぐっすり眠ろうよ」

「たわけ、馬鹿者っ」

「まーいー」

「うるさいっ」

「恋人同士なのに、何でそんなに冷たいのっ」

 

冷たい以前の問題だと思う。何しろ起きているのが限界なのだから。

 

「舞ってば!!」

 

布団を引っ張る速水くんに舞ちゃんは鈍化した思考で必死で解決策を考える。何か良い案が無いものか。

疲労を溜めず、安眠できて手間がかからない方法…。そしてようやく一つの結論を引っ張り出した。

 

「…ならば『別れる』がよい」

「え?!」

ふと漏れた言葉に速水くんは凍りついたように舞ちゃんを見つめた。

 

そうだ、何で早く気が付かなかったのだろう。そうすれば早起きなどせずに済むものを。もっと時間を有効に使える。現状はそれほどに緊迫しているのだ。背に腹は変えられない。

 

「どこ行くのっ」

「帰る」

速水くんの叫びを無視して舞ちゃんはベッドを降りた。彼女の疲れはピークに達していた。すぐに休まなければ倒れてしまう。

 

「待ってよ、舞」

慌てて止める速水くんを無視して舞ちゃんは着替え始めた。

 

「やだやだっ。待ってっ」

「僕のこと…嫌いになったの?」

 

そうではない。が、このままでは倒れてしまう。

3番機が出撃出来ないなどあってはならない。戦況に響くからだ。

制服のボタンをかけるのさえ億劫な舞ちゃんにはそれを口にする気力は既になかった。

 

「そなたとの縁も今日限りだ。後は好きにするがよい」

 

それだけ言って舞ちゃんは玄関を出た。

扉を閉める前に速水くんが何か叫んでいたようだったが、今はそれもどうでもよかった。

どこをどう歩いたかも思い出せないくらいよろよろと家に帰りついて、彼女は布団に倒れ込むと泥のように眠った。

 

 

* * * * * *

 

 

「オッス、おはよう」

「…」

 

朝、校門で声をかけた滝川くんは速水くんが目に涙を浮かべているのに驚いた。

 

「な、何かあったのかよ?」

「…」

 

昨夜の舞ちゃんの爆弾発言に一睡も出来なかった速水くんは失意状態になっていた。『別れる』と言っても、そんなに簡単に彼女が実行するとは思わなかったのだ。

しかし。

毎朝届けられるはずの彼女の手作り弁当が届かない。

ということは。

 

速水くんの目から涙がこぼれる。

 

「は、速水?」

 

おろおろする滝川くんをその場に残して速水くんは駆け出した。

今は独りになりたい。一人になって泣くんだ、もっと。

 

 

その頃舞ちゃんは目覚ましのベルにも気がつかず昏々と眠っていた。よほど疲れがたまっていたのか、目が覚めたのは10時半過ぎ。

 

「遅刻だな…」

だるい身体を無理やり起こして水を飲みに台所へ行く。

 

「あ」

 

流し台に洗い忘れた弁当箱が置きっぱなしになっていた。時計を見たらもう11時になろうとしていた。

 

「今から作っても昼には間に合わぬな…」

つぶやいて水を飲む。

 

仕方ない。厚志には後で謝っておくか。

 

舞ちゃんはのろのろと着替えを始めた。

 

 

* * * * * * *

 

 

「なぁ、どないしてん?」

「…さあな…」

お昼休み。

午前中の授業が終わった途端、暗い雰囲気に包まれた教室で加藤さんが若宮くんに小声で尋ねた。

「何やあったんかいな」

「うむ」

いつもなら真っ先にお昼の提案をする速水くんが今日は黙ったままである。

うつむいて今にも泣きそうだ。その上舞ちゃんも姿を見せない。

「なんや、こじれたんかいな?」

「かもしれん」

こそこそと交わされる会話に

「みんな、お昼にしよう」

やはり小声で提案した瀬戸口くんに、それぞれ同意して食堂へ向いかける。

が、速水くんは動かない。

 

「ごめん。僕、お弁当ないんだ…」

「え?芝村、弁当届けてくれなかったのか?」

 

何気なく言った瀬戸口くんの言葉に速水くんは泣き出してしまった。

 

「おいおい、ちょっと待てよ。どうしたんだ?!」

「僕だってわかんないよ…」

啜り上げる速水くんに教室には不快な音楽が響き渡った。

 

 

「ごめん、瀬戸口」

プレハブ校舎の屋上でくすんと啜り上げて速水くんがポツリと言った。

「こんな事になるなんて思ってもなくって…」

「いいって。気にすんな」

瀬戸口くんは膝を抱えて座る彼の背中を軽く叩く。

「しかし、姫さんが別れ話をなぁ…」

考え深そうに顎に手をやっていた瀬戸口くんが不意にグラウンドを指差した。

「あれ、姫さんじゃないか?」

「え?」

瀬戸口くんの指差す方向を見る速水くん。

グランドを横切って歩いてくるポニーテールの少女の姿が見えた。

「確かめてみれば?」

「…でも」

「今のまんまでいいのか?」

「…よくない」

「だろ?なら、やることは一つだ」

「うん」

速水くんは意を決して校舎の屋上の階段を駆け下りた。校舎前で舞ちゃんを捕まえる。

 

「舞…」

「あ、厚志」

「その…お弁当の事なんだけど…」

 

本当は『別れるつもりなの』と聞きたかったのだが、もしそうだとすると即答されるのが恐い。

 

「今朝、届かなかったから…」

「すまぬ」

「『すまぬ』って…本気じゃ、ないよね?」

「何の話だ?」

「何って…舞が言ったんじゃないか『別れる』って」

「別れる?」

 

舞ちゃんは考え込んだ。確か昨日そんなことを口走ったような気がする。疲労を溜めず、安眠できて手間がかからない方法。今の舞ちゃんにとっては一番確実で、有効な方法。舞ちゃんの中で数々のデータが閲覧され照合された。その結果は一つ。

 

「…ふむ。それもよかろう」

 

どの道、今日は弁当を作れなかった。それほどまでに疲労している彼女がここに居るのは速水くんの為ではなく、機体整備の為だった。それもこれも次の戦闘の為。彼女だからといって、毎日弁当を作る為に己を犠牲にするなど無理というものだ。今はそんな状況ではない。芝村としての最優先目的は幻獣を倒す事。

 

「よかろうって、そんなっ」

速水くんは舞ちゃんを凝視した後、俯いた。

 

「…もう、いいよ」

「厚志?」

「よくわかったよ。もう、終わりなんだ、僕たち」

 

つぶやく速水くんの声が震えた。

 

「舞の馬鹿っ」

 

彼は涙を溜めた目で舞ちゃんを睨むと走って行ってしまった。

 

「すまぬ、厚志。私にはまだやらねばならぬ事があるのだ」

そうつぶやいた彼女の言葉を聞く者は誰も居なかった。

 

 

速水くんと舞ちゃんが別れたという話は小隊に衝撃をもたらした。

『おしどりさえ逃げ出す』と言われるほど仲が良かった二人だけに別れた原因について様々な憶測が飛んだ。

『速水くんの浮気に舞ちゃんが切れた』だの、『舞ちゃんに新しい彼氏が出来た』だの。

 

現に別れてから速水くんは以前より多くの女子と談笑していた。1組だけではなく2組の女子とも。殊に田代さんとよく話していた。以前からクラスメートの間では噂になっていたが、最近は特に一緒にいる事が多いようだ。

気にならない事はなかったのだが、舞ちゃんの方ものっぴきならぬ状態に陥っていた。

 

「何の用だ」

プレハブ校舎屋上。

目の前には茜くん。

速水くんが司令に移動した後の士魂号3号機のパイロットだ。

茜くんは胸元をゆるめて赤い顔をしながら空をあおいでいる。

「…」

速水くんと別れてから今日で4日。

昨日は若宮くん、一昨日は遠坂くん、その前は来須くん。

舞ちゃんはこうして連日昼休みに屋上呼び出しを喰らっているのである。

舞ちゃんはため息をついた。

彼らにはすまないと思う。しかし、彼女にはやらねばならぬ事があるのだ。幻獣を根絶やしにするまでは、毎朝手作り弁当を作る時間も惜しい。その為に速水くんと別れた事を彼らは知らぬ。

 

「すまぬ」

 

空を仰いだままの茜くんに一言って舞ちゃんは階段を駆け下りた。

 

 

その日、ハンガーには遅くまで灯がともっていた。

 

「ま…芝村」

「厚志か。何か用か」

「別に用はないんだけど…姿が見えたから」

 

速水くんはハンガーの階段を降りて士魂号に近づきながら舞ちゃんを見た。

 

「まだ終わらないの?」

 

速水くんの言葉に多目的結晶体で確認すると午後11時を回っている。

 

「この間の戦闘で故障した部分の調整が少し、な」

 

急な出撃の為に作業を延ばすわけにはいかない。もう一人のパイロットの茜くんが失意状態の為、その分の仕事を彼女がやるしかないのだ。

 

「手伝うよ。二人の方が早いから」

「うむ。では神経接続のコンサートをチェックしてくれ」

「わかった」

 

もとパイロットだけある速水くんのお陰で作業は順調に終了した。

時間は既に翌日の日付になっている。

それから二人はハンガーの階段に腰掛けてしばし休憩を取った。

 

「ねぇ、お腹空いてない?ハイ、サンドイッチ」

「すまぬ」

素直に受け取って、舞ちゃんが包みを開いて中のサンドイッチを口にする。

 

「…茜、ま…芝村に告白したんだってね」

「どこで聞いたのだ、そのような事」

「みんな知ってるよ」

「昨日は若宮、一昨日は遠坂で、その前は来須か…。モテるんだね、ま…芝村」

「『舞』でかまわぬ」

「うん…」

 

少しうつむき加減の速水くんの横顔を見ながら舞ちゃんが口を開く。

 

「何が言いたい?」

「別に…」

「そなたとて最近他の女子と仲が良いではないか。特に田代とはな」

「…いい奴だよ、田代は。でも友達…」

俯いてポツリと速水くんが言う。

 

「舞は僕が誰と付き合っても、気にならないんだ…?」

「そなたはそなただ。私にとやかく言う筋合いはなかろう」

「僕は…嫌だな…」

「厚志?」

彼の言葉に見上げると、速水くんは拳を握り締めてうなだれていた。

「君が…他の奴と付き合うなんて嫌だよ。もしそんな事になったら…」

速水くんの拳が震える。

「もし、そんな事になったら、僕は…」

 

「それはありえぬ」

「え?」

 

あっさりと否定する舞ちゃんの意図が読めずに速水くんは舞ちゃんを凝視する。

 

「どういうこと?」

「恋人になったら毎日手作り弁当を作らねばならぬだろうが」

「うん?それがどうかした?」

「そのような体力を使う余力など、無い」

「うん?」

速水くんは思わず舞ちゃんを見つめた。それに対して舞ちゃんは少し横を向いて言い張った。

 

「考えてもみよ。疲れて眠りに付いたと思ったら、少ない睡眠を削ってまた早起きして弁当を作らねばならぬのだぞ?しかも、毎日だ」

「…もしかして…」

「出撃を繰り返し、整備もせねばならぬ。自由になる時間など無いに等しいからな」

「僕たちが別れた理由って…」

 

言い募る速水くんを舞ちゃんが睨む。

 

「他に何があるというのだ」

 

そういわれても。

 

「本当にそれが理由なの?!」

いくらなんでもまさかと疑る彼に舞ちゃんは真剣な目で口を開いた。

 

「人間疲れたら倒れもするし、眠らねば死んでしまうのだぞ。弁当を作る為に過労死するなど笑い事にもならぬ」

「…」

あまりの発言に速水くんはしばし呆けてしまった。

 

「故、他の者と恋人になるなどありえぬ」

言い切る舞ちゃんに彼は俯いてほっとため息をついた。

 

「よかった…」

「何がだ」

「僕、嫌われた訳じゃなかったんだ…」

「そ、そのような事、誰が言った」

「うん、そうだね」

そうつぶやいた速水くんは心底嬉しそうだった。

 

「ねぇ、舞」

「僕の彼女になりなよ?」

「だからそれは…」

「僕が毎日お弁当を作ってあげるよ。それに」

「毎日のご飯もね」

 

言いながら速水くんが愛しげに舞ちゃんの頬を包む。

 

「ちゃんと食べてないでしょ?顔色悪いもん」

「そ、そんなことは…」

「嘘。ずっと心配だったんだ。舞、頑張り屋さんだから」

 

頬を包まれて赤くなった舞ちゃんを覗き込み速水くんが告げる。

 

「ね、返事は?僕じゃ駄目…?」

「…すす、好きにするがいい」

「僕が君を守るよ。ねぇ…キスしてもいい?」

「そ、そのようなことをいちいち聞くな、馬鹿っ」

真っ赤になった舞ちゃんに嬉しそうに笑って速水くんが顔を近づける。誰もいないハンガーで二つの影が一つになった。

 

速水くんと舞ちゃんは恋人同士になりました。

 

 

* * * * * *

 

 

「一体全体、どうなってるんでしょうねぇ」

ぼそりとつぶやいて善行くんは首をかしげた。

お昼の食堂。

幸福状態の速水くんがいる為、明るい雰囲気である。

 

「あ、それちゃんと食べなきゃ駄目だよ」

「わかっている」

「これも食べて」

「よさぬか厚志。こんなに食せぬ」

「駄目だよ。栄養あるんだから」

 

仲良くお弁当をつつきあう速水くんと舞ちゃん。

一緒に食堂にいる面子が面食らうほどのアツアツぶりである。

因みに舞ちゃんが食べているのは速水くんの手作り弁当だ。

 

「舞って結構好き嫌いがあるよね」

「うるさい。誰とて得て不得手はあろうが」

「栄養偏っちゃうからなぁ。晩ご飯何にしよう。何がいい?」

「何でもかまわぬ」

「うーん、じゃ今日はグラタンにしようかな。舞の苦手なものたくさん入れちゃおう」

「何っ」

「9時になったら迎えに行くから。それ以上の残業は駄目」

「わかった」

「約束だよ?」

「まかせるがいい」

 

そして。

二人のラブラブ状態に誰も突っ込む者はいなかった。

 

楽しい昼食を終えてハンガーに向う舞ちゃんと速水くんの前に田代さんが立ちはだかった。途端に鳴り響く不快な音楽。

田代さんは腕を組んで、はすに構え、舞ちゃんを睨み付けた。

 

「なにやってんだよ…人のモンとりやがって!」

「なんの事を言っている。寝言は寝て言うがいい」

「なんだと、てめぇ!!」

「え、ちょっと、二人とも!」

 

止めようとする速水くんを無視して田代さんの拳が空を切る。

それをすんでで避けて飛び退った舞ちゃんが速水くんを見た。

 

「どっち?!」

 

気付くと田代さんもすごい剣幕で速水くんを見ている。

 

「え、えっと、あっち!」

そう叫んで脱兎の如くその場を逃げ去る速水くん。

 

「逃げたぞ!」

「追えー!!」

 

逃げ去る速水くんを追って舞ちゃんは小隊長室へ飛び込んだ。そこに居たのは加藤さん。

「…この泥棒ネコ!」

いきなり怒鳴られてむっとして加藤さんを振り返る舞ちゃん。速水くんは通信デスクに座っていた善行くんにしがみついている。

 

「厚志。どういうことだ、これはっ」

「あ、えーとね、その…ごめん」

「謝れば済むとでも思っているのか、このたわけっ!!」

「だから、ごめんなさい。舞~」

 

巻き込まれた善行くんは平静を保ちつつ、そっと袖を掴む速水くんの手を払う。触らぬ神に祟りなし、だ。

 

「先に私に謝るとは…まあ、よかろう。今回だけは許してやる」

人目もあってか、自分に謝る速水くんを舞ちゃんは冷静に勤めて許す事にした。

ところが

「待ちな、うちは許さへんで!」

舞ちゃんに代わって加藤さんが速水くんに食って掛かる。

 

「わー。助けて舞~」

「自分のまいた種だ。自分で刈り取るがいい」

 

そう言葉を残して速水くんの叫び声を聞きつつ舞ちゃんは昼休み恒例の機体整備へむかった。

 

 

舞ちゃんがいつものように工具を取って士魂号に向おうとした時、息を切らして加藤さんから逃げてきたらしい速水くんがハンガーへと現れた。

 

「舞、さっきは…」

と速水くんが言いかけると、途端、けたたましく不快な音楽が鳴り響いた。

 

「不潔です! 離れなさい! この女妖怪!」

今度はハンガーで作業をしていた壬生屋さんが舞ちゃんに言い放った。

「壬生屋、そなたもか!」

「不潔です、不潔です、不潔ですーっ!!!」

荒れ狂う壬生屋さんに舞ちゃんが対峙する。

「言う事はそれだけかっ」

「何ですって!!」

 

二人のやり取りを見て、こっそり逃げようとした速水くんをぎらつく4つの目が睨む。

 

「どっち?!」

「舞、ごめん。もうしませんっ!!」

 

それだけ叫んでその場から再び逃走する速水くん。

 

「させるか!」

叫ぶが早いが舞ちゃんの隠し持つベレッタの火が吹く。

 

パンッ、パンッ。

 

「わぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

その日、5件の争奪戦に巻き込まれた舞ちゃんは、一緒にハンガーで仕事を終えた後、片付けをする速水くんをじっと見て言った。

 

「どうやら私は生き方を変える必要があるようだな」

「ななな、何言ってるの?」

争奪戦の度に必死で謝り、何とか機嫌を取っていた速水くんだったが、流石に今日の舞ちゃんは恐い。

 

「そなた、私を守ると言ったな?」

速水くんが怯えながらコクコクと首を振る。

「では、実行してもらおうか」

「舞…?」

問いには答えずニヤリと笑うと彼女は靴音も高くハンガーを出て行った。

 

 

翌日、舞ちゃんは深紅のスカーフを襟に巻いて颯爽と登校した。昨日陳情して司令になったのだ。

舞ちゃんの命により小隊が出撃する。出撃先は『阿蘇特別戦区』。

そこは地獄絵図と化していた。

スキュラ2体とミノタウロス、ゴルゴーンがいっぱいの戦場で舞ちゃんの激が飛ぶ。

 

「厚志、そなたも芝村なら皆を守ってみせよ!」

「これじゃ自分の身を守る方が先になっちゃうよ~~~っ」

 

そこにはウォードレス姿で敵の攻撃をかわす速水くんの悲鳴が響き渡っていた。

 

 

おしまい。

 

2002/8/24