プール DE デート大作戦

 

 

朝、登校早々に速水くんは5121小隊長室へとやって来た。緊張した面持ちで通信デスクに向う。椅子に座ってスイッチオン。

しばしのノイズの後にモニターに映る準竜師。

 

「俺だ。何か用かね」

「はっ。5121小隊司令、速水厚志万翼長であります。本日は…」

「挨拶は不要だ。用件を言いたまえ」

「はっ。プールチケットを戴きたいのですが…」

「…ふむ。まさかと思うが、芝村千翼長と行くのかね?」

「えへへへ、そうなんです」

幸せそうに照れる彼を準竜師が意地悪く一瞥する。そして一言。

「駄目だな」

「な、何故ですかっ?!」

「あやつがプールへ行くとは思えん」

「でもデートはOKしましたよ?」

「奴は水着など持ってはおらぬ。誘うだけ無駄だ。無駄に使う労力は無い」

「そんなぁ」

ガクリと肩を落とす速水くんにすかさず彼は言葉を続けた。

「まあ、状況によっては考えんことも無いが」

「本当ですかっ」

「運良くプールに行く事が出来たらチケット代は無料にしてやる」

「無料?」

「出来たら、の話だ。駄目な時は通常の10倍の発言力をもらおうか」

「ええっ?!」

ニヤリと笑う準竜師。

ただでさえふてぶてしい顔が憎たらしいことこの上ない。

速水くんは心を決めた。

「…いいでしょう。絶対に行ってみせます。先のお言葉、忘れないでください」

「よかろう。頑張ってくれたまえ」

いつもの様にふてぶてしくうなずいて突然準竜師が消える。

速水くんは決意を胸にゆっくりと椅子から立ち上がった。

 

 

それからまず彼がやったことは、舞ちゃんを口説き落とすことだった。

昼休み、ハンガーへ向う彼女を捕まえて早速開始。

「だからね、今度の日曜プールに行こうよ」

「だだだだ、駄目だっ」

「どうして?デートの約束したじゃない?」

「み、水着など、持ってはおらぬっ」

準竜師の言葉は本当だったようだ。

しかし、ここで負けてはいられない。負ければ発言力の無駄遣い。

それに舞ちゃんとデートがしたいのは速水くんの本心でもある。

「じゃあね、今度の休みに一緒に買いに行こう?プールはその次の週。ね、いいでしょ?」

「ほ、本当にプールなどに行くのか?」

「そうだよ。だから水着を用意しなくちゃ」

考え込む舞ちゃん。乗り気では無いようだ。

「僕とデートするの嫌?」

「そのような事は無いが、しかし…」

「僕、『舞と』プールに行きたいんだ。他の子に誘われたりもするけど…」

「な、何っ。他の奴だと?!」

「もちろん断ってるよ。でも、舞が行ってくれないなら、僕…」

すねるように速水くんが彼女を見る。

舞ちゃんは慌てた。

 

そうなのだ。こう見えても速水くんはモテるのだ。

人当たりがよく、柔和な笑みを絶やさない彼は男女問わず人気者だった。

かくいう舞ちゃんもその外見に騙された口だ。

それはともかく、実際に彼を誘う女子は少なくなく、カダヤである舞ちゃんが時々胃の痛む思いをするのは事実である。

「…ふ、ふむ。よかろう」

「本当?じゃ、指きり」

満面の笑みを浮かべて指を絡める速水くんに、舞ちゃんは小さくため息を付いた。

 

 

* * * * * *

 

 

休日の新市街。

速水くんとの約束で本日舞ちゃんは水着を買いに来ていた。

目に映った店に飛び込んだ二人は陳列された水着を見渡す。

「わあ、いろいろあるんだね」

「馬鹿。きょろきょろするなっ。恥かしい」

「ねぇ小学生じゃないんだから、もっと派手なやつにしようよ」

地味なワンピースを見ている舞ちゃんに速水くんが声を掛けた。

「これとか、これとか、これなんか」

言いながら彼が次々と水着を手にする。

「厚志」

「うん?」

「貴様、一体何を考えているッ」

「えぇ、これ可愛いじゃない?問題があるの?」

「…というより、何故みんなそ、そのっ…」

舞ちゃんは速水くんが持っている水着を指差した。

俗にいう『ビキニ』という奴である。

「僕的に言うと、こういうのがいいかなぁとか」

「き、却下だ、馬鹿者っ!」

「少しは僕の意見を入れてくれても…」

「うるさいっ」

 

がつっ。

 

「あうー。とにかく、着てみなきゃわかんないよ。ね?」

頭を摩りながら彼は舞ちゃんを試着室へと押しやった。

「案外、着てみたら合うかも知れないでしょ。ものは試し。はい」

有無を言わさず速水くんがご希望の水着を舞ちゃんに渡す。

「こここ、このようなもの、私に合うはずが…」

「いいから、いいから」

速水くんは試着室の中に彼女を押し込んでさっさとカーテンを閉めた。

その前に立ち、逃げ出さぬように入り口を塞ぐ。

「うぅ…」

「大丈夫だって」

諦めたのか、しばらくして中から着替える音が聞こえてくる。

頃合をみて彼は舞ちゃんに声を掛けた。

「ねぇ着れた?」

「う、うむ」

「開けていい?」

「ば、馬鹿、駄目だっ」

「何で?」

「だ、駄目だと言ったら駄目だっ」

「ちゃんと見せてよ、舞」

「だだだ、駄目だと言うのにッ」

「いいじゃない」

速水くんは舞ちゃんの制止を聞かずにカーテンを開けた。

「やっやややや止めよ~~~っ」

と叫んで舞ちゃんがしゃがみ込む。

 

まず速水くんの目に飛び込んできたのは舞ちゃんの白い足だった。

というか、他は彼女が身を屈めている上に腕で隠しているのでよく見えない。

「みみみ、見るな、見るな、見るなぁぁぁぁぁぁっ」

「と言ってもねぇ」

速水くんはのんびりと言いながら舞ちゃんの前にしゃがみ込んだ。

「見ようにもよく見えないんだけど」

「馬鹿馬鹿馬鹿っ」

焦ってカーテンに手を伸ばす舞ちゃんの腕を速水くんが引く。

バランスを崩していとも簡単に舞ちゃんはパフンと彼の胸に倒れ込こんだ。

「×○φ△□…!!!」

声にならない悲鳴をあげて舞ちゃんがもがく。

速水くんはチラッと視線を下に向けてから真っ赤になっている彼女にニコッと笑った。

「他の奴、探そうか」

 

バキッ。

 

「い、痛い…」

「お、お客様っ。このような場所で困りますっ」

駆け寄る店員と頭を抱えて床にうずくまる速水くんの前で、舞ちゃんは思い切りカーテンを閉めた。

 

 

「厚志などと買いに行ったのが間違いだったのだっ」

どかどかと足音を立てて歩きながら舞ちゃんが毒づく。

「だいたい私に合う水着などあるはずが…」

速水くんを置き去りにして学校へ向っていた彼女はふと思いついた。

『水着』と言えばあやつしかおるまい。とりあえず相談しに行ってみるか。

向う先はハンガー1階。

仕事をしていた目的の人物を見つけて彼女はは緊張しながら口を開いた。

「その、話があって…」

「何かしら。速水くんとのデートの事?」

「なな、何故それをっ」

焦る舞ちゃんに原さんがニヤリ。

「水着、苦労してるみたいね。協力してあげてもいいわよ?」

「ほ、本当か?」

「ただし。シャワールームを設置してくれるんならね」

「シャワールーム?!」

確かあれは発言力を2000も使うのではなかったか。

「整備で使う機械油でべたべたのどろどろになったまま家へ帰るのって気持ち悪いの。さっぱりするとまではいかなくても、汚れくらいは落としたいわ。でも、そう出来ないからべたべたのどろどろで帰るのよ。私たち整備員の辛い気持ちがわかる?芝村さんならわかってくれるわよね?ねえ、そうでしょ?わかるわよねっ!!」

まくし立てる彼女に一歩舞ちゃんがあとずさる。

2000も発言力を使うとなれば、誰でも躊躇はするだろう。

しかし、そんなに欲しいなら自分で陳情できるくらい原さんだって発言力を持っている。

何故私に言うのだ。

「嫌ならいいのよ、別に。あなたならわかってくれると思ったんだけど。残念だわ」

歩み去ろうとした原さんに舞ちゃんは慌てて叫んだ。

「よ、よかろう。皆の為だ」

「さすが芝村さんだわ」

原さんは舞ちゃんに向き直りにっこり笑った。

「きっとわかってくれると思ってたわよ」

くっ。発言力の消費は痛いが、根を詰めて電子妖精を作れば穴埋め出来る。

この場合、致し方あまい。

「OK商談成立ね。じゃ、行きましょ」

「何、これから行くのか」

「デートをのびのびにしてると速水くん浮気しちゃうわよ。いいの?」

「うっ。わ、わかった。まかせるがいい」

足取りも軽い原さんに引きずられながら舞ちゃんはハンガーを後にした。

 

 

そして再び新市街。

原さんお勧めのお店で彼らは並んで水着を物色し始めた。

「で、どんなのがいいの?」

尋ねる原さんに舞ちゃんが小さな声で答える。

「え、えーと、あまり肌がでなくて、そ、そそそ、その…」

「『胸が目立たない』奴ね」

コクコクと舞ちゃんがうなずく。

「これなんかどう?」

渡された無難なワンピースを手にして彼女がが試着室へ入る。

「どうかしら?」

「こんなものか?」

カーテンを開けた舞ちゃんに原さんは唸った。

柄はともかく、華奢な彼女が着るとどことなくスクール水着の印象が強い。

「じゃあ、これとこっちは?」

別なのを試してみたがどれも似たり寄ったりだ。

「う~ん、やっぱりセパレートの方がいいんじゃない?

それなりにメリハリが出るから、かえって目立たないかも」

「そ、そうか」

「これならいいでしょ」

渡された水着を手に舞ちゃんは困惑した。

ビキニという程ではないが、結構肌が露出する。

特に胸の辺りが。

「大丈夫よ。ほら」

原さんに急かされて舞ちゃんはカーテンを閉めた。

「どう?」

「う、うむ」

「『うむ』じゃわからないわ。開けるわよ」

シャッ。

「…」

無言の原さんに舞ちゃんが不安になる。

「原…?」

「着方がまずいんじゃないの?ちょっと失礼」

「わわわわっ、なぬをする~っ」

いきなり水着のわきの下に手を入れられて舞ちゃんは叫んだ。

「形よく見せる為には着方も大事なのよ。こうやって脇の部分から前へ持ってきて…」

「痛い、痛い、痛いーっっっ」

原さんの無謀な行動に舞ちゃんの目に涙が浮かぶ。

「変ね。これってパット付きのはずだけど」

「…」

胸の谷間が出来るどころか、何だか水着の胸の部分だけが肌から浮いているような。

「…速水くん、よく我慢してるわねぇ…」

『どういう意味だっ』と叫びたい舞ちゃんだったが、ここはひたすら我慢、我慢。

ここで見捨てられたら水着が手に入らなくなってしまう。

「わかったわ。本気を出させてもらうわよ」

彼女は一旦店の奥へ行き、すぐに戻ってきた。

「これでいきましょ」

「し、しかし…」

「本気を出すといったでしょう?最後の手段、『コレ』しか無いわっ!」

舞ちゃんは原さんが差し出した物をマジマジと見つめた。

肌色の半月型やら楕円形型のふにふにした物が10個程。

オプションで水着に入れるパットである。

「…」

「足りなきゃ足せばいいのよ。そうでしょう?」

それはそうだが、10個も使うのか、原さん?!

 

不安そうな舞ちゃんをよそに原さんはハーフトップの白いセパレートの水着を持ってきた。

「これならパットを入れても水着が浮くことないし、肌も結構隠れるわよ」

言いながらせっせとオプションパットを詰め込み始める。

多少無理やりだったが、何とか全部のパットを詰め込んで彼女は満足そうに舞ちゃんに水着を差し出した。

「試してみてよ」

眉をひそめながら舞ちゃんが試着室のカーテンの向うに消える。

「ずらさないように気をつけてよ」

「わかった」

中からシュルシュルッという衣擦れの音。

「着れた?」

「何とか…」

「どれどれ」

勢い込んでカーテンを開けた原さんの目に水着姿も初々しい舞ちゃんが映った。

程よく肌が見える白い水着が彼女の清楚さを強調している。

小柄ではあるが鍛えられた身体はよく締まっており、ウエストのくびれも申し分ない。

補正部分とのバランスで文句なしのナイスバディ。

「はは、恥ずかしい」

「何言ってるの、いい出来だわ。これに決まりね」

赤くなりながら鏡を見る舞ちゃんに彼女は満足げに微笑んだ。

「あと、これ」

そう言って原さんが舞ちゃんにサンオイルと日焼け止めを差し出す。

「どっちがいい?」

「このような物、私はいらぬぞ」

「違うわよ。『使う』んじゃなくて『使わせる』の」

「?」

「彼に塗らせてあげるのよ。喜ぶわよぉ」

「なっ、ななななななななななななっ」

「デートなんだからサービスしないとね」

原さんはニヤッと笑ってそれらを舞ちゃんに押し付けた。

「後は決戦あるのみ。頑張りましょうっ」

「……原?」

頑張るのは舞ちゃん。原さんが気合入りまくりなのは一体何故?

 

 

* * * * * *

 

 

デートの当日。

今日も今日とて朝から快晴。絶好のプール日和だ。

「手、繋ごうか」

「あ、こら、待て」

速水くんは舞ちゃんの姿が見えるやいなや速攻で市営プールへと連れ込んだ。

逃げられては困るからである。

待ち合わせに現れたということは、水着を手に入れたということだ。

速水くんは更衣室の前で今か今かと彼女を待っていた。

「ままま、待たせた」

「ん、平気」

と言いながら自然に視線が彼女の全身へ向く。

大判のバスタオルを肩に掛けているのでよくわからないが、垣間見えるその色は白。

「白い水着?」

赤くなって舞ちゃんがうなずく。

「舞によく似合ってる。可愛いよ」

恥かしがる舞ちゃんにもっと見たいのを我慢して速水くんが手を引く。

「じゃ、早く行こう」

半ば強引にプールサイドに連れ出された舞ちゃんは速水くんが手を離した隙にサンチェアへと駆け寄った。

「泳がないの?」

「わ、わわわ、私はここで…」

彼女はサンチェアに座りこんで、前できっちりバスタオルを合わせる。

「せっかく来たんだし、泳ごうよ」

「よい。そなたは行くがいい」

「一人で泳いでもつまらないよ」

速水くんは動こうとしない舞ちゃんの隣に腰掛けた。

「ねぇ、舞」

言いながら舞ちゃんを見る。

彼女は赤くなったままうつむいている。

それはそれで十分可愛いのだが。しかし。

(困ったな…)

所在なげに視線を落とした彼の目に舞ちゃんのバッグが映った。半透明のバッグを透かして日焼け止めのボトルが見える。

「日焼け止め塗ってあげようか」

「なっ、なななななななぬを言っているっ」

「だって、塗る為に持ってきたんでしょ?だったら僕が…」

「よよよよよよい。もう、塗った」

「そう?」

(う~ん、結構ガードが固いな)

仕方なく彼は再び舞ちゃんを見つめた。

すらりと伸びた白い足。

いつもはタイツを履いているので目にすることは無いが、日の光の下で見る素足だけでもドキドキする。早く水着姿が見てみたいっ。

「じ、じじじろじろ見るなッ」

彼の視線に気がついた舞ちゃんが足までもバスタオルの下へ隠す。

「ねぇ、いつまでそうしてるの。もしかして泳げない?」

「う、まぁ、その、なんだ」

「だったら教えてあげるよ。大丈夫だから」

「よよよよ、よいと言うのにっ」

「駄目。それじゃいつまでたっても泳げないよ?」

速水くんは立ち上がって舞ちゃんの腕を強く引いた。

「やっややや止め…」

引きずられる様に立ち上がった舞ちゃんの肩からバスタオルが滑る。

陽光の下へさらされたその姿は速水くんが思っていたよりずっと魅力的だった。

くびれたウエストに長い足、おまけに全体と均整のとれた胸。

程よく見える肌と白の水着があいまって清楚感倍増の可愛さ激増。

 

「は、ははは、恥かしい…」

吸い寄せられるように見つめる彼に舞ちゃんは真っ赤になりながら腕で覆う。

「何で隠すの?とっても綺麗なのに」

「そそ、そんなことはっ」

「本当だよ、舞」

速水くんは優しく舞ちゃんに言った。

「他の人に見せるのもったいないくらい綺麗だよ」

「おおお、お世辞など…」

「お世辞なんかじゃないよ。本当にとっても可愛いんだから。ね、気にしないで泳ぎに行こう?」

「…わ、わかった」

ようやく二人は手を繋いでプールへと向かった。

恥かしくて仕方が無いが、せっかくのデートなのだし…と考えながら歩いていた舞ちゃんは、チラチラとこちらを見る速水くんの視線に気がついた。

「なな、何だ」

「うん。それって…」

言いながら速水くんの視線は舞ちゃんの胸元を向いている。

「本物…じゃないよね?」

「!!!」

その後の舞ちゃんの行動は迅速かつ的確、その上すこぶるスピーディーだった。

まず彼の足を踏みつけてカウンター。

次にボディブローとフェイント張り手の連続技に最後は上段回し蹴り。

その間計ったようにきっちり2秒。

呼吸一つ乱さぬ彼女の目の前で速水くんが派手な水しぶきを上げてプールの中へと落っこちた。

 

「一体何が起こったのっ?!」

建物の陰から双眼鏡で彼らの様子を見ていた原さんが叫んだ。

「なかなかやりますね」

とつぶやく善行くんの眼鏡がキラリと光る。

「どういうことなの?」

「まあ、みなさんの目には何も写らなかった様ですが…」

善行くんはデジタルカメラのシャッターを切りながら隣の原さんに答えた。

「足を固定しておいてカウンター、ついでボディブローと張り手の連続技で締めは上段回し蹴りですか」

「あの一瞬でそんなにっ?!」

「彼女なら難なく出来るでしょう。生きているといいんですが、速水くん…」

「大丈夫なんじゃないの。彼、強運の持ち主だから」

他人事なのでどこかのどかに答える原さんに善行くんはさりげなく尋ねた。

「どのくらい上げ底してるんですかね、アレは」

「5枚」

「ご、五重の塔ですかっ?!」

叫ぶ善行くんを無視して原さんは小さくため息をついた。

「まったく駄目ねぇ。乙女心を汲んであげなきゃ」

 

 

「…疲れた」

ヨロヨロと歩きながら速水くんがつぶやく。

あの後-舞ちゃんが衝動的に速水くんをお仕置きした後-彼は一瞬気を失ってプールで溺れかけたのだった。

即座に監視員に救出されたものの多量に水を飲んでしまい、プールサイドでゼエゼエと喘ぐ羽目になった。

その間に舞ちゃんはとっとと着替えを済ませて来て、彼が楽しみにしていた『水着姿で水と戯れる舞ちゃん』を見ることなくデートは終了した。

 

「私も疲れた。もう帰る」

「ちょっと待ってよ、舞」

踵を返した舞ちゃんに急いで速水くんが声を掛る。

プールでのデートが失敗した今、このまま帰す訳にはいかない。

休日のフリーの時間は貴重なのだ。

「何だ」

舞ちゃんが怪訝そうに振り返る。

「家まで送って」

「何故、私がお前を送って行かねばならんのだっ」

「だって、足がガクガクして立ってるのも辛いんだもん」

「自業自得だっ」

「そうなんだけど。でもお腹空いたでしょ。一緒に晩ご飯食べようよ」

「いらぬ」

まだ怒っているのか、彼女の返事はそっけない。

「そう言わないで。舞の好きなチーズケーキ用意してあるんだ」

「ちーずけーき?」

「うん、前に美味しいって言ってたから、また作ってみたんだ」

「…」

舞ちゃんの好きなもの。

『猫』に『可愛い物』に『甘いお菓子』。

「僕の作ったケーキ、嫌い?」

思案している様子の舞ちゃんに速水くんがたたみかける。

「食べたくない?僕、舞が喜ぶと思ったんだけど…」

「…わかった、まかせるがいい」

「本当?よかった。じゃ、早く行こう」

彼はいそいそと舞ちゃんの手を掴んで歩き出した。

「お前、立ってるのがやっとだったんじゃないのか」

「うん。だから倒れないようにしっかり掴んどいてね」

いぶかしむ舞ちゃんに速水くんは嬉しそうに答えた。

 

 

速水くんの家に帰り着いた二人は一緒に彼の手料理を食べた。細心の注意を払って作られた彼の料理はまことに美味しかった。もとより全て舞ちゃんの好みで統一されている。

そしていよいよ舞ちゃんお待ちかねのケーキの登場。

 

「美味しい?」

「美味いぞ。お前は食べないのか」

「僕はいいよ。舞の為に作ったんだから」

「そうか」

切り分けられチーズケーキをとろけそうな瞳で見ながら舞ちゃんがほおばる。

「残ったケーキ、持って帰る?」

「うむ」

「じゃ、包んでくるね」

そう言って速水くんは台所へ向った。

とりあえずケーキの包みを作った速水くんだったが、当然…いや、さらさらお持ち帰りさせるつもりはない。

「どうしよっかな♪」

鼻歌なぞ歌いながら紅茶を入れ替える。

「はい、紅茶のおかわり」

「すまぬ」

速水くんの魂胆も知らず、舞ちゃんは幸せそうにケーキを食べている。

彼はそろそろと舞ちゃんに近づいた。

「何だ。お前も欲しいのか?」

「うん。でも、ケーキじゃなくて」

チロッと上目遣いに舞ちゃんを見る速水くん。

「舞が食べたいなぁ」

ゴフッ。ゲフ、ゲフンッ。

「ちょっと、大丈夫?」

むせる舞ちゃんの背中を速水くんがさする。

「お、お前が変なことを言うからっ」

「変なことかなぁ」

「そうだっ」

「食べちゃ駄目?」

「当り前だっ。それに貴様、ヨロヨロなのではなかったか」

「舞を食べるくらいの体力はあるよ?」

一応さっきドリンク剤など飲んでみた。念の為に言っとくが普通の奴だ。

「だから大丈夫」

「厚志~~~~~~っ」

フォークを突き出す舞ちゃんの手首を速水くんが掴む。

「あ、危ないじゃないか、もうっ」

「馬鹿者、馬鹿者っ。フォークの錆にしてくれるっ」

「お断りだよ」

彼は握り締める凶器を舞ちゃんから奪い取った。テーブルに置いて向うへ押しやる。

「観念して。優しくするから」

「馬鹿馬鹿馬鹿、厚志の馬鹿っ」

「はいはい、わかってるよ」

背後をベットに阻まれて身動き出来ない舞ちゃんを速水くんが抱きすくめる。

「ふぇ…」

「そんなに嫌なの、舞?」

「だって、ケーキが…」

涙を浮かべて舞ちゃんが押しやられたテーブルを見る。

「泣かない、泣かない。ケーキは後でゆっくり食べようね?逃げたりしないから」

そうだ。逃げる心配のある方を先に食べなくては。

「ちょっとの間がまんして」

「でも」

「お腹が空いた方が美味しいよ、きっと」

「んー」

「はい、こっち向いて」

速水くんは名残惜しそうにケーキを見る舞ちゃんの頬を両手で包んで唇を塞いだ。

「…んん…」

ほのかに甘いキス。

「自分で言うのも何だけど、このケーキ結構いけるね」

「ばか」

「も一回」

口付けながら彼は舞ちゃんを抱えてベッドへ座らせた。

そのまま一緒に倒れ込む。

速水くんが舞ちゃんの耳を軽く噛んだ。

「…やっ…ん…」

甘い声を上げて舞ちゃんが彼の首に腕を回す。

速水くんはしばし考えた後、彼女の耳元で囁いた。

「ねぇ、舞。一つ聞いていい?」

「…?」

「あれって、どのくらい足してたの?」

 

どげしっ。

 

「うっ」

「馬鹿めっ。朝までそこで寝ていろっ」

「いたたたた…」

蹴られたお腹を押さえる速水くんに怒鳴って、怪獣のような足音をたてて彼女が出て行く。

『バタンッ』と乱暴に玄関のドアが閉まる音。

「…また怒らせちゃった」

ポツンと速水くんがつぶやく。

(…ちゃんとケーキ持って帰ったかなぁ…)

などどぼんやり考えてみたり。

 

クスッ。

 

「い、いたた…」

ベッドでくの字に身体を折りながら突然彼は笑い出した。

「もう、舞ってば本当に可愛いなぁ」

腹筋が痛むのもかまわずに速水くんが笑い続ける。

「隠したって無駄なのに…」

ひとしきり笑ってから、彼はふと幸せそうに目を閉じた。

瞼に浮かぶのは真っ赤になって怒った舞ちゃんの顔。

「駄目だよ、そんな顔しても」

 

「僕、舞のサイズ知ってるんだから」

 

 

* * * * * *

 

 

翌朝の小隊長室。

「例の物は?」

「ちゃんと準備出来ています」

「わかった。じゃ、ブツと交換だ」

そう言うと速水くんは鞄の中から紙袋を取り出した。

何やらいい匂いがする。クッキーのようだ。

「確かに受け取りました。ではどうぞ」

交換に差し出された封筒を手にすると、速水くんはもどかしげに急いで中の物を取り出した。

途端に彼の顔がほころぶ。

「わぁ、とっても綺麗に撮れてるねっ。さすがに善行さんだよ、有難う」

「まあ、趣味のうちですから」

がさごそと紙袋を開けながら善行くんが答える。

水着姿の舞ちゃんがいっぱい。善行くんに撮ってもらった昨日の写真だ。

「何て可愛いんだっっっっ」

写真を胸に速水くんが叫ぶ。

昨日はよく見れなかったから、感激もひとしお。ああ、幸せで気絶しそう。

速水くんは慎重に中から1枚を選び出した。

彼と手を繋ぐ舞ちゃんのロングショットだ。

「ねぇ、これ、もう一枚欲しいんだけど。特大サイズで」

「いいですが?」

「出来たらB4、いやA3…ううんA2とか、A1とか…」

「そんな大きなもの何にするんですか」

「何って、部屋に貼っておくんだよ?いつも舞と一緒にいられるようにねっ♪」

「…」

「さて、次の準備、準備と」

彼は写真を手に通信デスクへと向った。椅子に座ってスイッチオン。

しばしのノイズの後にモニターに映る準竜師。

「俺だ」

「はっ。5121小隊司令、速水厚志万翼長であります。本日は…」

「挨拶は不要だ。用件を言いたまえ」

「はっ。これです」

速水くんは手に持つ写真をモニターへ突き出した。

「ななな、何っ。あやつ、水着を着たのかっ?!」

「うわっ」

準竜師のアップに思わず速水くんが悲鳴を上げる。

「よく見えんぞ。もっと画面に近付けろ」

「駄目です。これは『僕の』ですから」

「速水厚志万翼長」

「そう言う訳で、チケット代はロハにしていただきます。いいですね?」

「う、うむ。仕方あるまい。よかろう」

苦虫を噛み潰したような顔をして彼はしぶしぶ承諾した。

「まったく、期待を裏切りおって…」

「何か?」

「いや、こちらの話だ。気にするな」

モニターの向うで誰かの笑い声がする。副官のウイチタさんか。

「あの」

「まだ何か用かね」

忌々しそうに尋ねる彼に速水くんはにこっと笑いながら言った。

「はっ。博物館チケットを戴きたいのですが…」

「何っ、またデートかっ」

「てへへへ、そうなんです」

(なるほど。次はプラネタリウムですか。)

クッキーを食べながら彼らの様子を見ていた善行くんはニヤリと笑った。

こちらも準備に取り掛からなければ。

 

通信中の速水くんを残して善行くんは小隊長室を出た。

(まずは緊急打ち合わせといきますか。)

足取りも軽く隊員を集めに校舎へと急ぐ。

「さて、次はどんな騒動が起きるんでしょうかね」

楽しそうにつぶやくその背中を爽やかな朝日が照らしている。

 

 

熊本戦区、尚敬高校在中、5121小隊。

今日も平和な一日になりそうだった。

 

END

 

2001/6/10