ーリ ボ ンー

 

 

R戦士  「チョコレート、チョコレート、チョコレート。どこに行ってもチョコレート…謎ですね。」

O十翼長 「なにが?」

R戦士  「今日はなぜか小隊中でチョコレートが飛びかっているのです。」

O十翼長 「そりゃあ、バレンタインデーだもの。」

R戦士  「バン・アレン帯のお誕生日ですか?」

T百翼長 「大ばか者~!!!」

      突如上から降ってきて、R戦士に卍固めを決めるT百翼長

T百翼長 「ばれんたいんでぇを知らぬとは無知なやつめ。よろしい、私が説明してやろう。この行事はそもそも1946年の今日、アメリカのバレンタイン第8独立機動小隊が、子供達にチョコレートを配ったと言う故事に由来しているのだ。」

O十翼長 「わりともっともらしく聞こえるわね。」

T百翼長 「それ以来、2月14日に「ぎぶみーちょこれーと」と唱えると、なぜかチョコレートが…」

O十翼長 「やめさせよう、ここまで来るとさすがにデタラメだ。」

R戦士  「なるほど、奥が深い。」

 

― 関東軍春風高校第1112小隊映像記録班日誌より抜粋

 

 

「という訳なんだ。分かった?」

 時刻は午後1時を過ぎたところ。市立図書館の中は土曜日と言うこともあってか、尚敬高校の女生徒でいっぱいだ。

 そんなエンジ色の制服の集団の中で、白と黒のモノトーンの配色が目立つ人間が2人。入り口近くの机に分厚い資料を置き、頭を並べ眺めていた。

「理解不能だ。確かに芝村にはバレンタインデーと呼ばれる行事は存在せぬが、この資料で一体何を理解せよと言うのだ、厚志よ?」

飾り気の無い白いゴムでとめられたポニーテールを左右に振り、芝村はうんざりとした顔で速水に問う。

 しかしバレンタインデーなる物を速水に聞いたのが自分であることを自覚しているのか、芝村は先ほどの資料を生真面目にもう1度読み直す。

やはり、理解不能。

「わからぬ、バレンタインデーとチョコレートの因果関係は高い確立で存在すると思われるが……そもそも、何故こんな資料を検索したのか理解に苦しむぞ。」

「あ、これ?ちょっとした冗談だよ。」

速水の腹に寸剄にも近い芝村のボディブローが突き刺さる。

 公共の場というTPOに配慮した芝村の攻撃に合わせたのか、それとも声が出ないほど悶絶しているのか、速水は黙って机に突っ伏し体を痙攣させている。

「世俗的な行事だと思ったから、生の声を聞いてみようとしたのが間違いの始まりだったな。こんな事なら始めから自動情報収集セルでも使用しておくべきであった。」

 芝村はゴソゴソと帰り支度を始めた。やらねばならない事はいくらでも有る。士魂号の調整に訓練、プログラムの作成まですれば、土曜日とは言えあっという間に時間は過ぎてゆく。

「ゴメンね、舞。昨日、茜と滝川でバレンタインデーの話しててね、茜が面白いネタ見つけたって教えてくれたんだ。」

 5121小隊の3バカトリオと言われる速水、滝川、茜の3人。授業も訓練もサボりがちな滝川がそう呼ばれるのは仕方が無い。だが、普段から真面目な速水や茜さえ3人集まると、途端に歳相応のやんちゃ坊主へと変身するのである。

 どうやら週刊マガデーに掲載されていた『究極戦士あ~る』の元ネタとなった資料を、速水が確かめたかっただけのようである。

 しかし、バレンタインデーとは何か?と問う芝村にこの資料を見せても、カレーを知らない人間にカレーパンを説明するようなものであろう。

芝村が呆れたように呟く。

「まったく、そなたたちは戦争中だという自覚は無いのか?茜が持つ天才技能も、宝の持ち腐れだな。」

「まあまあ、そんな事言わないでさ。戦争中だからこそ、楽しめるものは精一杯楽しんでおくんじゃないかな。」

「ふむ、確かにストレスを溜めれば作業効率に悪影響が起こる。たまの息抜きはそういった面でも有効であろう。まあ、我らに娯楽など必要無いが。」

「何言ってるの、舞にだって娯楽は必要だよ。それにやって見なきゃ分からない事だって沢山あるし……そうだ!実際に体験して見ようよ、ね?決まり!」

勝手に話を進めながら、速水は資料を本棚に返しにゆく。

 いつにも増して強引な速水だが、芝村はどうも逆らう事が出来ない。ぽややんとしたなりはしているが、例えるならそう、芝村の父親に雰囲気が似てるのだ。

そんな芝村の反応を計算に入れているのだったら、速水もけっこう策士であろう。

「まずはー材料だね。行くよ、舞。」

周りの女子高生達の目も気にせずに、速水は芝村の手を取り図書館の自動ドアをくぐった。

 

 

がさごそと、ビニール袋特有の音が少しだけ耳に触る。

今町公園、そこに有るベンチに速水たちは座り、戦利品を確認していた。

「まさかクーベルチュールチョコまで売ってるなんて……裏マーケットの親父さんって侮れない人だよね。」

速水の手には『製菓用』と書かれた、シンプルなデザインの板チョコが握られている。

「チョコレートにも種類が有るとはな…勉強不足であった。」

 クーベルチュールというのはカカオバターの含有率が高く溶けやすい、つまりは加工しやすいチョコレートの事である。

 フランス語で『覆う』との意味があるけど、カカオバターの代わりにパーム油などを使ったコーティングチョコとは少し違うんだ、と速水のウンチクが続く。

「で、どうするのだ?高価な生クリームまで買って。そなたがチョコを作るのか?」

不思議そうに尋ねる芝村。確かに速水は菓子作りにおいて職人顔負けの腕前を持っている。

だが、ここまで察しが悪いと笑うしかない。

「あはは、違うよ。バレンタインデーって言うのはね、女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる行事なんだ。」

なんだ、逆であったのか。そう言いかけた芝村の動きが一瞬止まる。

「す、好きな男の子にあげるだと!? 聞いておらぬぞ、そんなことは!」

「そう?でも問題無いよね、舞は僕のこと好きなんだから。それとも僕のこと、嫌い?」

少し上目使いで、子犬の様に速水が芝村ににじり寄る。

大反則。こんな目で提案されてNOと言える女の子がいるだろうか、いやしない。

 芝村はぬけぬけとそんなことを聞いてくる速水への怒りと、そうゆう所が嫌いだとはっきり言えない自分のもどかしさで、複雑な表情のまま顔を赤くしている。

「ねえ、好き?嫌い?」

吐息が感じられるくらいの距離に笑顔で近づいて来る速水。

心の警鐘が心臓の鼓動と同じリズムで鳴り響く。

これ以上近づかれたら危険だ。何が危険か分からないがとにかく危険だ。

混乱する思考を無理矢理静め、腕を無意識に速水へと伸ばす。

「……いはいよ、まひ。」

「黙れ。くだらぬ質問しかせぬ口なぞ必要無かろう。」

速水の口の端にかけられた指に、ギリリと力を入れる。

「…それに前にも言ったであろう、そなたを我がカダヤにする、と。」

それ以上は自分で察しろとばかりに、芝村は速水から視線をそらし手を離す。

 

 2人が付き合い始めてからはや2週間、プレハブ校舎の屋上で告白したのは速水の方だった。デートだってしたし、2人っきりでイイ雰囲気になった事もあった。しかし芝村の口から『好きだ』の一単語を聞いた事は1度も無い。

速水には疑問が一つだけあった。

本当は芝村が自分の事が好きで無いのではないのか。

 そんなことは…たぶん絶対に無い。他人が自分に好意を持ってるかどうかくらいは分かる。その感覚だけを武器に今まで生きてきた。

好きと言われれば大概の人間は悪い気がしないし、更に好きになってもらえる可能性も増える。

 だから速水はいつでも好きだと言い続けた。それこそ好物の食べ物を好きだと言うかのように、異性にも同性にも年上にも年下にも。

しかし芝村は決してその一言を言おうとはしない。

まるでその言葉を発するのはタブーであるかのように。

 

「ねえ舞、赤いリボンの昔話って知ってる?」

チョコレートを入れた袋から、速水がするすると真っ赤なリボンを取り出す。

バレンタインチョコを作るには絶対必要だよね、と速水が買ったものだ。

「いや、初耳だ。それがどうかしたのか?」

「幻獣がこの世界に現われるずっと前、フランスにジャンヌ・ダルクと名乗る女性騎士がいたんだ。」

「それは知っている。14世紀終わりから15世紀始めにフランス一帯で起こった百年戦争の英雄の一人だ。」

その彼女の話、と速水はリボンを手の中でもて遊びながら話を続ける。

「彼女がパリでの戦いの時、敵の矢をうけ落馬してしまう。命からがら近くの教会まで運んだのは、彼女の同志ジル・ド・レイ。でもジャンヌの命は落馬のショックと出血で風前の灯だった。」

そこまで話すと、速水はそっと芝村の左手を取った。

「死の国へと旅立とうとするジャンヌにジルは告白をする、君が好きなんだと。そして君は僕のことが好きなのかと続けたんだ。でも彼女は神に選ばれた純潔の戦乙女、恋愛の話なんてする事もできなかった。」

「味方の士気に関わることだからな。偶像(アイドル)は手の届くところにあっては偶像たりえない。」

冷静なふりをしているが、芝村の神経は速水と触れている左手に集中している。

「そう、そしてジャンヌもジルのことが好きだった。でもそれを口にすることはできない。その時彼女は血だらけになったリボンを左手の薬指に巻き付けこう言ったんだ。『神よ、我が心臓に1番近き指に巻かれた誓いの証しにかけて願う。この証し解かれる数刻の間、我が魂の行いを御心のままに許して欲しい。』って。」

芝村の左手の薬指に巻かれる真っ赤なナイロンのリボン。

速水が何を言いたいのか分からない。だが芝村は黙って彼のなすがままにさせていた。

信頼しているのだ。

「神の許しを貰った彼女は、証し解かれるまでの間の夢と言い彼と結ばれた。その後ジルの治療により奇跡的に回復したジャンヌは、左手のリボンを解きもう1度戦場へと向かったと言われてる。それ以来、左手の薬指に赤いリボンを巻いた時だけどんな真実を言っても構わない、リボンを解けば全てを許し無かったことにするって、そんな風習ができたんだ。」

リボン…真実…告白…そして全て無かったことに。

なるほど、戦闘以外ではとことん鈍い芝村でもここまで言われれば理解できる。

速水はジャンヌとジルの関係を今の自分達の関係となぞらえているのだ。 では

「そなたは我に何を問う?何が不満なのかは知らぬが我が心にやましい点など一つも無い。そなたに隠し事をしていると言うなら問うてみるが良い。」

左手の甲を前に突き出し胸を張る、芝村らしい堂々とした振る舞いに対し速水が正面から向きあう。

いつも笑顔を絶やさぬその表情は珍しく真剣だ。

 

「舞は僕のことが好き?それとも嫌い?」

 

芝村の目が丸く開かれる。今さら何を、いや先ほども同じ事を聞いてきたような気が。

「答えて、お願い。」

「な、何を聞くかと思えば…そんなことは言わずとも分かっておろう…。」

口篭る芝村に、更に詰め寄る速水。

「何故ハッキリ言ってくれないんだい!?その理由が聞きたいんだ!!」

真実が聞きたい、速水の目はそう語っている。

芝村は薬指の巻かれたリボンを、しばらく黙って眺めていた。

正確にはリボンでは無い、リボンの向こうに有る真実を読むように睨んでいる。

ややあって、ゆっくりと語り始める芝村。

「幼き頃、父に教わった事が有る。力持つ者が許されぬ事、それは真に好きな者を好きと言う事、そして抱きしめる事だ。」

好きな者に好きと言わない。

芝村の言葉に速水は何故?と疑問しか浮かんでこない。

「力持つ者が好きと言えばその瞬間強制力が働く。相手の好む好まざるに関わらず、好きだと言い返せざるえなくなるような強制力がな。しかしそれは本当に真の感情であろうか?芝村の力の威を借り、強制的に『好き』と言わせる傲慢な行為では無いのか?」

話に割り込めないでいる速水の顔も見ずに、芝村は淡々と話を続けた。

「誰かが我らのことを好きと言うのは構わぬのだ。だが好きと言わせてはならない。だから我らはおのれの感情を語らぬ。語ればその者自身に影響を与え変化させてしまうからな。言葉にせずとも『好きだ』という気持ちが有ればそれで十分なのだ。私も、そう思っている。 ……ふっ、これも芝村に生まれた時から決まっていた、呪われた運命なのであろう。」

それだけ言うと芝村は皮肉めいた苦笑をして、これ以上話す事は無いと左手のリボンに指をかけた。

「待って!」

リボンを解こうとする手を制する速水。

「そのリボンを外す前に聞いておかなきゃいけないことが有るんだ。もう1度、もう1度だけ聞くよ。僕のことが好きかい?」

一瞬見せた芝村の顔は無表情。

本気で怒る寸前の顔。

しかし、すぐにその鉄仮面は外れ落ちる。

芝村はまるで華が咲くように、普段は絶対に見せない満面の笑顔になり、速水の問いに答えた。

 

「好きだ。そなたのことが好きだ。たぶん、初めて会った時から。」

 

しゅる、と音を立てリボンが芝村の手から滑り落ちる。

魔法が解けたかのように周囲の空気が一変した。

 

好きだと言うべきではない、全て無かった事にしろと言わんがばかりの芝村の態度。

だが、速水はそんな芝村を力強く抱きしめた。

芝村の視界が速水の制服に埋め尽くされる。

顔に当たる速水の胸。意外と厚いが第一印象だった。

「なななな、何をするか突然。は、離せバカ者!」

予告も無く抱きしめられれば誰だって驚くだろう。

しかし芝村の意見を無視して、速水は抱きしめる腕に力を入れる。

「離さないよ、舞。だって嬉しいんだ。舞が僕のことを好きって言ってくれて。」

「何をいまさら、ただ感情を言葉にしただけであろう。」

洗濯された制服の匂い、そして少しだけ速水の体の匂い。

鼓動がどんどん早くなるのが分かる。

「違うよ、言葉にしなきゃ伝わらない事が有るんだ。ずっと不安だったんだ、舞が本当に僕のことが好きかどうか。僕は、芝村じゃあ無い、だから僕は君を好きって言う、だから僕は君を抱きしめる。 好きだよ舞。」

額から伝わる体温がいやがおうにも速水の存在を主張する。

腕を伸ばし、そして内側に曲げるだけでその体を抱きしめることができる。

だが、抱きしめれば速水は捕われるのではないか?芝村という力の渦に。

力に捕われた速水も好きと言い続けるであろう。

しかし、速水を変えてしまう権利など、私には無い。

そこまで考えた芝村は思わず苦笑してしまう。

 

「最初からこやつは自由であったではないか。芝村の名を聞いてもぽややんとしていた態度は今だに変わらぬ。心配し過ぎ、だな。」

 

何か言った?と速水が尋ねる。いつの間にか考えていた事を声に出していたようだ。

「何でもない。言葉にせねば伝わらぬ事、か。まったく、いつもそなたは我らの常識を覆す。」

そう言って芝村は、初めて自ら速水を抱きしめた。

そしてその時初めて気付いた、好きな人を抱きしめる事がどれだけ自然な行為であることかを。

 

 

たっぷり5分は抱きしめ合っていたであろうか。さすがに気恥ずかしくなった芝村がゆっくりと体を離す。

速水は足元に落ちたリボンを拾い、袋の中へと戻した。

「ねえ舞、もう1度好きっていってくれないかな?」

「却下だ。1度言っただけでは足りぬか?そなたには感謝しているが、それとこれとは話が別だ。」

いつもの芝村に戻っている。

リボンを外した今では、先ほどの会話は全て無かった事になっているのだろうか?

いや、もうリボンの力は必要ないだろう。それに

「感謝するのはこっちも同じだしね。」

好きだと口に出すことの大切さを初めて知ったのは速水も同じである。

いままで、好きと言葉にすることはただの手段でしかなかった。

今なら言えるだろう、言葉にしないと伝わらない真実の『好き』を。

 

「しかし厚志よ、そんなに西洋史に詳しいとは私は知らなかったぞ。図書館でそなたが歴史の本を眺めていた記憶は無いがな。」

「ああ、アレ?全部ウソだよ。」

そうか、全部ウソであったのか。そう言いかけて芝村の動きが一瞬止まる。

「全部ウソだと~?」

ぎぎぎ、と音がしそうに首だけ回し、芝村が地獄の底から響くような声で尋ねる。

「ああ、生クリームがすっかり温まっちゃったな。すぐに戻ってチョコレート作り始めるよ、舞。」

「ちょっと待て、そして話を聞け。」

「作りたての生チョコって特別美味しいんだよ。あ、舞の部屋にハチミツ有る?無ければ水あめでも代用できるんだけど。」

「話を聞けと言っておる!そして勝手に部屋を使用する予定を立てるな!」

すがすがしいほど芝村の話を聞かずに、速水は今町公園を後にする。

2度と好きと言ってやるものかと決意する芝村。

しかし、その決意はたった10時間しかもたない運命を彼女は知らない。

そして、この日の夜を境に二人の仲が急速に進展したと言うのは、また別のお話である。

 

 

<終わり>

 

戴いた日:2002/2/14