彼と彼女の事情

 

 

「この、馬鹿者っ。一体何回目だと思っているッ!!」

聞かれて速水くんは教室の隅に正座したまま焦りながら指を折って数え始めた。

「え、えーと、30…4、あれ、5?…だったっけ?」

「たわけっ、37回だッ」

火を噴く舞ちゃんに速水くんはキャンっと首をすくめた。

辺りに響くは耳を塞ぎたくなるような不快な音楽。

彼は行儀よく両手を膝に乗せて吹き出る冷や汗をじっと堪えていた。

原因は壬生屋さんと舞ちゃん。言うまでもなく、争奪戦を起こしてしまったのだ。

雰囲気が一転した時、速水くんは即座に謝ろうとした。が、それより先に舞ちゃんが命令した。

で、今彼は床に座らされている。

 

「まったく、まったく、貴様という奴は…」

仁王立ちの舞ちゃんがギロリと睨む。

(そんなに怒らなくったって…)

速水くんは切羽つまって教室の入り口までの距離を目で測っちゃったり。

15メートル。何とかなりそうな距離だった。

が、問題がひとつ。

速水くんの運動力600。

舞ちゃんの運動力1500。

立ち上がった途端に襟首を捕まえられそうな反射神経の差。

 

(ううぅ…司令に運動力は必要ないんだよぅっ)

速水くんは啜り上げながら逃亡を断念した。だって逃げた後のお仕置きが恐いから。

(今度、若宮くんと訓練しとこう)

などと考える辺り、彼はちっとも懲りていないらしい。

速水くんはそういう男だった。

いたって柔和。いたって柔軟。いたって女ったらし…とはクラスメートの弁。

(だって仕方がないじゃないか…)と彼は心の中でつぶやいた。

 

壬生屋さんは士魂号1号機のパイロット、舞ちゃんは3号機のパイロット。どちらも選り抜き戦闘要員なのだ。争奪戦を避けるために配置換えをしようもんなら戦闘に影響が出てしまう。そんな事、小隊を預かる司令が出来る訳がない。

(…というより、配置換えをするのはかえって危険なんだよな)

速水くんは日頃いろいろ貢いでくれる女の子達を思い出した。壬生屋さんや舞ちゃん以外にも争奪戦を起こしそうな、いや起こした女の子が他9人。それを一クラスに纏めるなど、活火山に核弾頭を投下するようなもの。

(できない、できないっ)

背筋を這い上がる悪寒に彼はふるふると首を振った。

 

実際、原さんとヨーコさんが喧嘩を始めた時はさすがに生きた心地がしなかった。

友達の善行くんの話によると原さんはとても危険な人らしかった。

『美しい薔薇に棘』、みたいな。

機嫌の悪い原さんの手に握られたものが陽の光でキラリと光った時は、速水くんは脱兎のごとくおうちまで走っちゃいました。でもって鍵をかけてお布団で泣いちゃったり。

(よく無事だったよなあ…)

その時の恐怖を振り返り、彼は自分の強運に感謝したりなんかした。

でなければ今ごろ冷たい土の下。

 

それはさておき。

危険を察知して被害を避けるようにクラスメート達はそそくさと昼食を取りに出て行き、今教室には速水くんと舞ちゃんしかいなかった。もう一人の当事者・壬生屋さんも髪を逆立てて怒りながら出て行ってしまった。

(うぅぅぅ…酷いよ、みんなぁ)

速水くんはクラスメート達を思いっきり恨んだ。なじった。呪った。

でも、自業自得。

頼れる者は誰もおらず、速水くん危機一髪!

 

 

「…ごめんね、舞」

上目使いで様子を伺う速水くんを舞ちゃんは冷ややかに見下ろした。

「確か前回お前は『二度と起こさない』と言っていたようだったが?」

「…はい、おっしゃる通りです」

因みに前回というのは昨日の朝、バトラーは森さんと田代さんである。

「で、何故約束が守れないのだっ。ネズミとて学習すると言うのに、貴様はぁッ」

 

がつっ。

 

舞ちゃんの怒りの鉄拳が速水くんを直撃。

「い、痛いよ、舞~」

「言うことは、それだけかっ」

(言う前に殴ったんじゃないかぁ)

痛む頭をさする速水くん。

「…だ、だからね…」

と言いかけて彼は黙り込んだ。この場合、謝る前の言い訳は逆効果かも。作戦変更。

「…僕が好きなのは舞だけだからっv」

速水くんは語尾にハートマークをつけて目いっぱい微笑んだ。そりゃもう、命懸けで微笑んだ。人呼んで『殺人スマイル』。

「…それで?」

「…」

先を促す舞ちゃんの声。気のせいでなくとっても冷たい。

どうやら動揺が表にでてしまったらしい。作戦失敗。

(まいずよ、やばいよ、何とかしなくちゃ。頑張れ、僕っ)

「え、えっとねぇ…」

真剣に言い訳を考える速水くんを舞ちゃんが一瞥する。

「…先週の日曜、公園で」

ギクリッ。

「壬生屋と楽しそうに手作り弁当を食べていたのは貴様の双子の弟か?」

「そそ、そうかも…」

再び速水くんを襲うプレッシャー。でもって吹き出る滝のような冷や汗。と同時に速水くんはぼんやり先週の壬生屋さんを思い出した。

 

ぽかぽか陽気の日曜日。のどかな公園での楽しいひと時。

壬生屋さんは『お腹が空いたでしょう?』と言って恥ずかしそうに手作り弁当をくれたのだった。

せっかくだから一緒に食べて。

それから彼女が自分のお箸で煮物を取って食べさせてくれたりしたんだよね。

ぱく。…なんちゃって、なんちゃって。

(あのお弁当、美味しかったなぁ。壬生屋さん、舞より料理上手だよね…)

えへらと笑う速水くんに再び唸る鉄拳。

 

ばきっ。

 

「いい、痛いってばっ」

「今、不当な扱いを受けた気がしたぞっ」

「してない、してないっ」

「嘘をつけっ」

吠える舞ちゃんが速水くんを睨む。

そうだった。舞ちゃんは異様に感がいいのだった。下手な事を考えると即座に折檻。気を付けねば。

 

涙を滲ませて頭を撫でる速水くんはふとそのことに気がついた。

「ねぇ、何で舞がそんな事知ってるの?」

恐る恐る尋ねる彼に舞ちゃんが口の端を吊り上げて笑う。

(こ、恐いっ)

彼女は『逃げるな』と視線で釘を刺してから自分の机へ行き、鞄の中から分厚い紙の束を取り出した。それを手に再び速水くんの前に仁王立ちになる。

「…何、それ?」

「お前の素行調査報告書だ」

速水くんは目の前に突きつけられた紙の束をまじまじと見た。表紙には『○に加』の字が入っている。

「先々週、新井木と起こした争奪戦の腹いせらしいな。格安で提供したぞ」

(か、加藤の奴~!!もう、デートしてやらんっ!)

憤慨する速水くんに芝村ポーズで舞ちゃんは冷たく言い放った。

「いくら心の広い私と言えども、今度という今度は愛想が尽きた」

「ええ?!」

速水くん、びっくりドッキリ。

(愛想が尽きたってどういう事?それってまさか…?!)

「舞、待って、ちょっとっ」

「うるさいっ、黙れっ。貴様など知らぬっ」

「舞っ」

 

いくらプレイボーイを気取ってみせても所詮はただの恋愛ゲームだった。『来る者拒まず』が転じてこうなっているだけで、速水くんが心も身体も愛しちゃってるのは彼女だけ…舞ちゃんだけなのである。…といっても彼女は信用しそうになかったが。

 

「嫌だよ、舞と『別れる』なんてっ」

速水くんは悲痛な声で叫んだ。

「絶対、絶対、嫌だからねっ、僕」

舞ちゃんは涙を浮かべる速水くんをジロリと見た。

「たわけ、誰が『別れる』などと言った」

(あれ?)

「違うの…?」

「まあ、それもよかろう。が、最終手段に取っておく」

「最終手段…????」

「『目には目を、歯には歯を』だ。貴様も知っておろう、『ハムラビ法典』だ」

「うん?」

混乱する速水くんに舞ちゃんはニヤリと笑ってから高らかに宣言した。

「故に『浮気には浮気を』」

「えええええええええええぇぇぇぇぇぇぇっっっっ?!」

響き渡る絶叫。

「私は決めたぞ。浮気するっ」

「ま、ままままま、舞っ」

「お前がいつもやってる事だ。文句はあるまい」

ありすぎ。無茶苦茶だ。

「ままま、待ってよ、浮気って、浮気ってっ?!」

「芝村に二言はない。私は浮気するっ」

「やだよっ、僕、そんなっ」

「自分は良くて、私は駄目だというのか?勝手な事を言う」

「だ、だって、キミは僕の『カダヤ』でしょ?」

「その言葉、そっくりお前に返してやる」

「うっ…」

反論出来ないこの身が恨めしい。

「とにかく、実行あるのみだ。ではな」

そう言って舞ちゃんがくるりと踵を返す。

「舞、待って~っ!!!!」

すかさず追いかけようとした速水くんは足をもつれさせてその場にへたり込んだ。慣れない正座で両足が痺れて立ち上がれないのだ。こんな時に何てこったい。

「舞―っ」

彼女の背中に速水くんが叫ぶ。舞ちゃんはそれを無視して教室を出て行った。

 

「…」

彼は事の重大さに頭を抱え込んだ。

(浮気って、浮気って…)

舞ちゃんの言葉を思い返して苦悩する速水くん。芝村な彼女はきっと実行するに違いない。

(デートして?手作り弁当一緒に食べて?それから、それから…)

思いつく状況を羅列して彼は愕然とした。

(舞は可愛いから、きっと他の奴手を出すよな…ほっとく訳ないじゃないかっ)

気が動転している為に自分で自分にのろけていることすら彼は気付かない。

『そんな事になったらどうしようっ』と速水くんは床に手を着いてガクリと頭を垂れた。

(僕以外の男が舞に…舞に…あんな事やこんな事っ…)

彼女が知ったら即刻超硬度カトラスで切り刻まれるような事を想像して速水くんの血の気が引く。

「そんなの、嫌だっ」

(何としても阻止するっ!)

彼はよろよろと立ち上がり、痺れる足を踏ん張って彼女を追うべく何とか教室を後にした。

 

 

一方。

先に教室を出た舞ちゃんは宣言どおり『浮気相手』を物色しに校舎はずれにやって来ていた。女の子達はみんな速水くんに夢中である為、速水くん以外の男子は現在フリーである。

(くっ、忌々しい奴めっ!)

状況を鑑み舌打ちする舞ちゃん。

この場合、喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか…複雑な心境である。しかし彼女は『芝村』であった。即座に立ち直り今後の方針を検討し始める。

(まあ、そんなに親しくなくても、一気に押してしまえば何とかなりそうだな)

権力、財力を持ち合わせる彼女に向う所敵なし。芝村に負けがあってはならないのだ。

(覚えていろ、厚志っ)

とりあえず手始めに舞ちゃんはそこいらにいる者を昼食に誘ってみることにした。

「みなの者、聞け。昼食にするぞ」

「いいよ」の茜くんと

「フフフ、わかりました」は岩田くん。

「よし、俺の力をみせてやろう」の若宮くんに

「俺も本腰を入れるか」の瀬戸口くん。

舞ちゃんは網にかかった得物を引き連れて食堂兼調理場へ向った。

適当な所に座って弁当を広げる面子。それを見渡せる席に舞ちゃんが座る。彼女は食事をしながら得物を物色し始めた。

 

まずは茜くん。

(金髪のまぁ美少年だが、性格が難だな。親しくなれば気にならなくなるのかも知れないが、噂によると森が気になっているらしい…)

と、ここで舞ちゃんが気がつく。

(待て、茜と森は姉弟ではなかったか?)

森さんと茜くんは血の繋がらない姉弟である。でも世間はそんな事を見逃しちゃくれない。

(茜、貴様そのような嗜好であったかっ)

恐いものを見るように舞ちゃんは茜くんを見た。

(駄目だな)

即座に判断して次に移る。茜くんの隣に座っているのは若宮くん。

(筋肉マッチョのスカウトか。性格はまあよいとして…)

眉をひそめて若宮くんを見る舞ちゃん。

(私より胸が厚いなど…気に食わぬっ)

それなりに乙女心は複雑な様である。ちょっと方向がずれているようだが、まあいいか。

で、次に岩田くん。

彼は『新作ギャグ』と称して、右手に持つ箸を頭部後ろから回して左手に持つ弁当を食べるという芸を披露していた。何だかとっても器用…というよりちょっと変だ。

「…」

(…問題外だっ)

舞ちゃんとっとと次へいく。

(瀬戸口か…)

彼女は若宮くんと談笑する瀬戸口くんをじっくり観察した。

(女性の扱いに慣れていて守備範囲も広いと聞く。ならば、薄い胸の私でも何とかなるやも知れぬ…)

「ん?何かついてるか?」

じっと見つめる視線に気付いて食事を終えた瀬戸口くんが舞ちゃんに声を掛けてきた。

(軽そうな所が気になるが、まあ『浮気』なのだからその方がよいか)

急いで食べかけの弁当箱を片付けて舞ちゃんは瀬戸口くんを誘ってみることにした。

「話があるのだが、少しよいか」

「何かな?」

何も知らない瀬戸口くんが屈託なく聞き返してくる。舞ちゃんニヤリ。

(うむ。芝村と言えど、一応女だからな…愛想の良いことだ。よし、決めた)

「ここでは何だから、その、一緒に来い」

「いいけど?」

浮気相手をそう簡単に決めていいものかどうかは疑問だが、芝村はそんなことにはこだわらない。

テレパスセルで誰もいないことを確認すると、舞ちゃんは瀬戸口くんを整備員詰め所へ連れ出した。

 

「で、話ってなんだ?」

尋ねる瀬戸口くんを中に押し込んで舞ちゃんは後ろ手に引き戸を閉めた。鍵が掛からないのが何だが…まあ、とりあえずはとっとと既成事実を作ってしまえばそれでいい訳で、後はのちのちの話だ。

「芝村?」

入り口付近に立っている瀬戸口くんを舞ちゃんが奥へと連れて行く。退路を断つように入り口に背を向けて舞ちゃんが瀬戸口くんと向かい合った。そして

「浮気をしたいのだ」

と言った。

 

「はあ?」

「だから、私はそなたと『浮気』するっ」

素っ頓狂な声をあげた瀬戸口くんに舞ちゃんが詰め寄った。密かに関節技も準備オッケー。足をやってしまえば逃げられまい。

「ちょ、ちょ、ちょっと待って」

「何か不都合があるのか?」

「いや、そうじゃないけど…」

瀬戸口くんがまじまじと舞ちゃんを見る。冗談を言っているようには見えない。もちろん舞ちゃんも冗談を言ってるわけではない。大本気だ。

「何でまた俺と『浮気』する気に?」

「そそ、そんな事はどうでもよい。するのか、しないのか答えよ」

「答えろと言われても…」

再び彼は舞ちゃんを見た。

芝村舞ちゃん。親友である速水くんの恋人である。女性から誘われて断るのは気が引けるが、頂いちゃってもいいもんだろうか?何だか違う意味で危険な香り…。瀬戸口くんの頭の隅でエマージェンシーコールが鳴り響く。

 

「『浮気』って俺と何するつもり?」

「何とは…その、何だ。…すすす、好きにするがいいっ」

舞ちゃんが赤くなってうつむく。

(うわあ、耳まで真っ赤だ)

不覚にも、思わず『可愛い』と思ったりする瀬戸口くん。

「いいの?」

「かかか、かまわぬっ」

「本当に?」

「か、かまわぬと言っている」

「速水にバレたらどうすんだよ?」

一応親友の手前聞いてみたりなんぞする。案外律儀だ。

「…か…かまわぬ。…あやつの事など…」

舞ちゃんはぶっきらぼうに小さくつぶやいた。

(あらら。こりゃさっきのバトルの当てつけか)

合点がいって瀬戸口くんは納得した。

「瀬戸口。…するのか、しないのか、どうなのだ」

「うん。お前さんがいいなら、俺はどっちでもいいけど?」

からかい半分に言ってみた。どうせ本気になりはしないだろうから。

「…そうか」

舞ちゃんは少し悲しげに目を伏せた。

(あーあ。そんな顔しないでくれよ。抱き締めたくなっちゃうだろうが…)

思う前に勝手に瀬戸口くんの身体が動く。気付くと舞ちゃんは腕の中だった。

「あ…」

「華奢なんだな」

ふわりといい匂いがする。シャンプーか何かの匂いだろう。

(結構女の子してるじゃないか。胸、無いけど)

「じゃ、遠慮なく」

とりあえずチュウぐらいで許してもらおうと瀬戸口くんが舞ちゃんを上向かせた。

 

その時、

『舞っ』と叫ぶ声と共に乱暴に扉が開いた。速水くんが飛び込んで来たのだ。

「?!」

驚く瀬戸口くんと舞ちゃんが振り返る。

「手を離してくれないか、瀬戸口」

言いながら速水くんが彼らに歩み寄る。

 

    速水くんは大声になった。

    速水くんの恥じらいが減少した。

    速水くんは焼きもち状態になった。

    速水くんの瀬戸口くんに対する友情評価-15000!

 

室内が一気に不快な音楽に包まれる。

 

 

「舞は『僕の』なんだ」

ガンを飛ばす速水くん。ちょっと本気っぽい。瀬戸口くん、ドキリ。

「あ、いや、その…」

気おされてあたふたと瀬戸口くんが離した手を舞ちゃんが掴んで引き戻した。その手を自分の腰に回させる。

「ええ?!」

でもって彼女は焦る瀬戸口くんに両腕を回して抱きついた。それから彼の広い胸に顔を埋めちゃったりなんかして。

「舞っ」

鋭い速水くんの声が響く。

「何してるんだよ。おいで」

「嫌だっ」

抵抗する舞ちゃんの腕の中で瀬戸口くんがもがいた。

(ほ…骨が折れるっ)

熊本きってのスーパーエース、舞ちゃんのアルガナ受賞は伊達じゃない。鍛えまくりの強靭なその肉体は素手でミノタウロスを倒すと噂されている。

「し…しばむらっ…」

瀬戸口くんは何とか声を絞り出した。が、舞ちゃんには届かない。

 

速水くんが瀬戸口くんにしがみつく舞ちゃんの腕を掴んで無理やり引き剥がしにかかった。

「嫌だと言っているっ」

「聞き分けのない事言うなよ。本気で怒るよ?」

速水くんは見かけによらずかなりマジだった。でも舞ちゃんの方がもっとマジ。

「貴様など知らぬと言ったであろうっ」

掴まれた腕を彼女は乱暴に振り放した。『うー』と唸って速水くんを威嚇する。

「君は僕の恋人なんだよ、舞」

静かに微笑みながら話す速水くん。しかしその目は笑っていない。

「それがどうした」

にべもなく言い返す舞ちゃん。こちらは最初から笑っていない。というか、視線ビームでスキュラを倒せそうだ。

「他の奴とこんな事するなんて許さない」

「勝手な事を言うなっ。自分は好き勝手をしているくせにっ」

(ここ、こらっ。火に油を注ぐなっ、芝村っ!)

折れそうな肋骨を必死で庇いながら瀬戸口くんは焦った。顔面蒼白。気絶寸前。

「…それでも駄目だよ。舞」

睨み合う速水くんと舞ちゃんの間でバチバチと火花が散る。

「許さないだと?馬鹿めっ」

言うが早いが舞ちゃんは瀬戸口くんから離れて右ストレートを速水くんに放った。それを余裕で速水くんが受け止める。

「無駄だよ、舞」

「くっ」

不敵に微笑む速水くんに舞ちゃんは小さく唸ると、すかさず彼の足を思い切り踏みつけた。

「痛っ…」

ひるんだ隙に舞ちゃん続けて恨みつらみの膝蹴りキック。

「あうっ」

みぞおちに強烈な蹴りを喰らって速水くんが床に膝をつく。

(おいおいおい~)

恐怖のあまり身動き出来ない瀬戸口くんの背中を冷や汗が流れた。

 

「…う…うぅ」

舞ちゃんは膝をついてうめく速水くんに吐き捨てるように言った。

「貴様にそのような事を言われる筋合いは無いっ」

「ま、い…」

「私はずっと『許せないお前』を許してきた…」

言いながら舞ちゃんは切なくなった。速水くんを睨みつける彼女の目に涙が溢れる。

『芝村』といえども舞ちゃんだって女の子だ。

好きな男の子が他の子といちゃいちゃしていたら悲しいし、それも将来を誓い合った『カダヤ』ならなおさらだ。

「何度許したかわかるかっ。どんな気持ちで許したかわかるかっ」

しかし、照れ屋の舞ちゃんはその気持ちをストレートに言えなかった。だから、速水くんを思い切り蹴飛ばした。思いの全てをその足に込める。

目に涙を溜めて、かなりキョーレツなローキック。

「貴様などには、一生わかるまいっ」

 

げしっ。

 

「つうっ…」

速水くんが床にくず折れる。

乙女モードの舞ちゃんに速水くんの胸とみぞおちがきりきりと痛んだ。ついでに足蹴にされた左肩も痛んだが、今はそれより後悔の念でいっぱいだった。

 

 

速水くんは本当に舞ちゃんが好きだった。ボコられようが、蹴られようが、舞ちゃんだから許している。これ、速水くん的愛情表現。他の奴なら職権乱用即刻部署換え配置換え。

(舞…)

速水くんはうめきながら舞ちゃんを見上げた。

彼女の頬を透明な涙が伝っている。彼は息が出来なくなるくらい苦しくなった。もっとも舞ちゃんの膝蹴りで既に息は絶え絶えだったのだが。

 (泣かないで、舞)

みんなは本当の速水くんを知らなかった。

速水くんは女ったらしだったが、自分から他の女の子を誘ったことは一度もない。舞ちゃん以外の女の子とは手すら握ったことがないのだ。争奪戦は高すぎる魅力値の弊害だった。その魅力も舞ちゃんの為…舞ちゃんに捨てられない為の努力の賜物だとみんなは知らない。

舞ちゃんも知らない。

 

だって、速水くんはぽややんだから。

 

 

「舞…僕は…」

苦しい胸のうちを伝えるべく口を開いた速水くんを舞ちゃんが遮る。

「厚志の馬鹿っ」

叫ぶ彼女が呆然と立ち尽くす瀬戸口くんの腕を掴んだ。

「しししし、芝村?」

「来いっ」

「え?ちょっと、何で?!」

「初志貫徹だっ」

「えええええっ」

焦る瀬戸口くんを舞ちゃんが戸口へと引きずる。

「舞っ」

「も、もういいだろっ。速水も反省してるってっ」

「うるさい、来いっ」

「舞、待ってっ」

追いかける速水くんの眼の前で舞ちゃんと瀬戸口くんの姿が掻き消える。

 

「舞―っ」

その場に速水くんの悲しげな声が響いた。

 

 

NEXT→