「愛と嫉妬の狭間で ~速水君危機一髪~」

 

 

それは、とある晴れ渡った青空が眩しい日のこと。

天気とは逆に、我等がヒーロー(誤植ではない)芝村舞は、かなーりご機嫌斜めであった。

それもそのはず、我等がヒロイン(誤植ではない)にして芝村の婿殿、速水厚志の行動がここ最近とーっても怪しいのだ。特に男女関係において。

 

つい先日も壬生屋を交えての争奪戦をやらかしたばかりで、きつーくお灸を据えておいたばかりである。未だ心に燻る嫉妬の炎はメラメラと発ち上がり、今にも誰かを食い殺さんばかりの剣幕であった。

 

不機嫌オーラを放ちつつ、校門を抜けようとすると舞は、自分のカダヤに遭遇した。

速水は舞の放つ気まずい雰囲気を堪えつつ口を開いた。

「お、おはよう。舞・・・」

「・・・・。」

「あ、あのさ。まだ怒って・・・るよね?。軽率だったよ・・反省してる。

何を言っても許してもらえないかもしれないけど、とにかくっごめん!。」

 

速水は思いっきり地べたに頭を摩り付けて土下座をした。

周囲を通る女子高生が不審な目をして、二人を見ている。

 

「・・ば、馬鹿者!、男が簡単に頭を下げるでない!。それにそなたも芝村なら時と場所を考えよ!。」

突然の速水の行動に心なしか焦った舞は、思わず口を開いた。

頬がやや赤い。相当恥ずかしいようだ。

「・・・じゃあ許してくれる?。」

さらに涙目になって訴えてくる速水に、ついに舞も観念した。

「ゆ、許すも何も、そなたの行動を見ていたら怒りなどどこかへ行ってしまったぞ!。

・・まったく、もうよい。・・遅刻するぞ。」

舞はやや呆れ顔で速水を見ながら、そう言い放った。

「あ、有難う!舞!。」

速水はあまりの嬉しさに、思わず舞に抱きついた。

「ばっ!、馬鹿、なななななな何をするっ!。」

「だって本当嬉しかったからつい・・。」

「と、ととと時と場所を考えろと言っているーー!。」

 

舞は速水を振りほどこうとしてもがいた。その際に勢い余って振り回した肘がモロに速水の顔にぶつかった。

 

ズバキィーー!

 

反動で吹っ飛ばされる速水。口から何か別の液体が吹き出ている。

 

「あ、厚志ーーー!。」

思わず速水の側に駆け寄る舞。当の本人は失神寸前なようだった。

 

 

その後、子1時間ほど経っただろうか。

気がついた頃には、速水は整備員詰所のベッドに寝かされていた。

「・・気が・・つい・・た?。」

周囲を見まわすと、そこには石津萌が仕事をしていた。

救急箱の整理をしていたようだ。

「石津さん・・?、あれ僕どうしたんだろ・・。」

「気絶・・・してい・・たのよ・・2時間・・ほど。」

「そうか・・。あれ?、舞は?。」

「芝・・村さん・・なら・・ここへ・・速水・・くんを運んで・・から大騒ぎして・・出ていったわ・・。」

「・・そっかー、舞には悪いことしちゃったかな・・。」

そうひとりごちる速水。心なしか顔色が冴えない。

 

「・・それ・・にしても・・。」

「え?。」

「・・最近・・仲・・良いわね・・芝・・村さん・・と。」

「そ、そうかな・・。」

「・・でも・・あな・・たは・・譲らないわ・・。」

「へっ?。」

 

ふと、速水は起き上がろうとして、力が入らなくなっていることに気がついた。

(指先の感覚が・・ない・・どういうことだ?。)

「・・ふふ・・無駄・・よ。特製・・・のしびれ薬・・を混ぜて・・おいたもの・・。」

萌は僅かに口端を動かした。目が限りなくヤバイ・・。

 

(こ、このままじゃ間違いなく・・殺される!)

速水は今身に迫る危機を肌で感じていた。しかし、身体が言うことを聞かない。

(な、何かないか・・、あ、そうだ!)

速水は必死にありったけの力を込めて、ズボンのポケットを探った。

猫笛を入れておいたことを思い出したのである。

 

必死の思いでそれを取りだし口にくわえると、全力で吹いた。

数秒後、どこからともなく野良猫の集団が、詰所目掛けて押しかけてきたではないか。

総勢100匹はあるかと思われる猫の集団に巻き込まれ、一時的に詰所は大混乱になった。

 

・・・つうかどこから沸いてきたんだ。

 

(こ、これで逃げられる・・。)

速水は突然の騒動の最中に、全身の力を込めて、ほふく前進で命からがら逃げ出した。

 

 

数分後、野良猫の世話を終えた萌は速水がいなくなっていたことに気づくと、

「・・・逃げた・・わね。・・・呪うわ。」

どことなく残念そうにそう呟いた。

方向は限りなく間違ってるが、彼女も速水が気になることは間違いなかった。

・・ただ実験体として、だが。

 

 

さて当の速水はというと、やっとこさハンガー入口近くまで辿りつき、その場に倒れ込んでしまった。

(・・・い、おーい・・生きてるかー・・?)

【誰かが僕を呼ぶ声がする・・。ごめんよう・・今はそっとしておいてよ・・。】

速水が目覚めるよりも早く、怒り心頭になっている声がすぐ間近で聞こえた。

「起きろっつってんだろうがあっ!」

 

ズバキーン!!!

 

速水の頭上を強烈なグーパンチが炸裂。鈍い音がハンガーに木霊した。

・・・本日2度目。今日の速水はとことんついていないようである。

 

思いきり頭を痛打され、無理やり意識を取り戻された速水は、目の前に迫り来る拳を避けきれずとりあえずもう一度殴られた。

「あ、あれ・・田代さん・・?。」

「田代さん?じゃねえだろ。仕事時間にハンガーの入口なんかで何倒れ込んでやがったんだ?。」

「うーんと・・まあ・・色々あってさ。」

そう言いながら速水は、殴られた部分をさすった。相当な痛みだったようだ。

「まあいいや、どうせロクなことじゃなねーだろうからコレ以上は詮索しねえでおくよ。それよりか良いのかこんなとこで油売ってて。」

「・・それが・・。ちょっと今外に出ると非常にマズイ状態なんだ・・。」

速水はそう言うと周囲を確認し、どこか隠れる場所はないかと思案し始めた。

 

「・・ったく、しょうがねえなあ。ちょっと来い!。」

田代は思いっきり速水の制服の襟元を掴むと、彼を引きずるようにしてハンガーを出ようとした。

「ちょ、ちょっと!、何処連れてく気なのさ!。」

田代の突然の行動に慌てる速水。

強烈な力で引きずられ、彼の制服もボロボロだ。

「いいから!。隠れ処にぴったりな場所教えてやるから黙ってついてこりゃいいんだよ!。」

 

ついていくというより、引っ張られてるんですけど・・。

速水は一瞬そんな事を考えたが、今口走れば確実にもう一発殴られそうだったので黙っておいた。

 

 

その後、2時間ほど歩いただろうか。

・・速水はその間ずーーーっと引きずられたままだったが。

田代と速水は、とある小高い丘のある公園に来ていた。

もう既に夕日が映える時間にさしかかっていた。

雲の切れ間から指し込む光が周囲を不思議な空間へと変えているように見えた。

 

「わあ・・。綺麗だねー!。」

 

お世辞ではなく、本当にそう思えた。

まだ熊本にはこんな景色があった事に、驚きと深い感動がこみあげてきた。

 

「へへっ、どうよ。ココは俺のお気に入りの場所なんだ。」

田代は鼻を掻きながら、はにかんだ。喜ばれたことが相当嬉しかったらしい。

「昔、ダチとよくココで昼寝したり・・喧嘩したり・・色々したもんさ・・。」

田代は夕日を見つめながら、ぽつぽつと語り出した。

 

「あの頃は良かったよ、そりゃあ生活は今も昔も荒れてたけどな。人殴ってれりゃそれで済んだ。ストリートファイトっていうのか?、まあ金かけた喧嘩だな。これでも拳には自信あって百戦百勝でよ。まあとにかく片っ端から殴ってたから、よく覚えてねえけどな。」

 

田代は遠い目をして、夕日を見つめた。横顔にはどことなく、強い悲しみが垣間見えた気がした。

 

「こっちの小隊来てから、ダチの部隊全滅したって聞かされた時も、ココ来てた。なんか、ココってよ、ダチとの思い出1杯あるからホントはつれぇはずなのに・・。逆に励まされてるような、そんな気がしやがる・・。」

「・・・田代さんにとって、ココは宝物なんだね・・。」

ただ黙って田代の話を聞いていた速水は、ふと口を開いた。

「・・宝物・・か。そうかもしれねえな・・。ココのことは秘密だぞ?。」

「勿論さ。僕と田代さんだけの・・ね。」

そんな意味深な速水の言葉に、田代はかーーーっとゆでタコのように顔を赤らめた。

「ば、馬鹿ヤロウ!、へ、へんに意識しちまったじゃねえか!。」

「あは、でもそんなに大事なものを教えてくれて嬉しいんだよ、僕は。」

「そ、そうか・・?。」

 

一瞬向かい合う2人。目と目が合ってなんとなく良い雰囲気になってきた。

その刹那、背後で物音がしたかと思うと、見覚えのある人影が現れた。

 

 

「ココにいたのか!厚志!、探したぞ!。整備員詰所におらぬから心配したではないか!。」

雰囲気をぶち壊しに来たのは、舞だった。しきりに呼吸が荒い。相当走ってきたようだ。

「だ、大丈夫?、舞。ゴメン、ちょっと色々あってさ・・。」

「ふむ、なんだかよくわからんがそなたが無事で何よりだ。さあ仕事に戻るぞ!。」

そう舞は言い放つと、速水の制服の襟元を掴んで引っ張っていこうとした。

「ちょ、ちょっと待って舞。強引すぎだよーーー。もしかしてまだ怒ってるの?」

「私が怒っているだと?。何を馬鹿なことを言っている。ただでさえそなたが居らぬだけで仕事の効率が下がっているのだ。急げ!。」

「ちょ、ちょっとまっ。」

「おい、嫌がってるじゃねえか、病み上がりのパートナーにちときつくねえか?。」

そう声をかけたのは田代だった。アレな雰囲気をぶち壊されてちょっと頭にきている。

「ふっ、何を言うかと思えば。そんな戯言で、休んでいるわけにもいかぬのだ。そこをどいてもらおうか?。」

田代に食ってかかる舞。ふと見ると彼女の耳には盗聴機用のイヤホンが入っている。

・・・もしかして、さっきの会話聞かれた?

 

「あーん?、やるかー?。正直初めて会った時からテメエは気に食わなかったんだよ!。」

「ふっ、我も芝村を名乗る者、身に振りかかる火の粉は払わねばならぬ。・・来るが良い!。」

いつのまにやら、すっかり戦闘モード突入な舞と田代。

お互い1歩も引かないようで、間に挟まれた速水はさしずめ少女漫画のヒロインのようだ。

私の為に争わないで~ってか。

 

「ちょ、ちょっと2人共やめなよっ、いがみ合うなんておかしいよ!。」

「オマエは黙ってろ!」「そなたはそこで見ておれ!。」

2人同時に、凄い剣幕で怒鳴られ、もはや速水には、どうしようもなかった。

 

「行くぞオラー!」

気合の乗った、田代の右ストレートが、舞の顔目掛けて放たれた。

「くっ!」

寸でのところで、両手を交差させ、拳を受けとめる舞。それでもパンチの勢いを殺し切れず多少押された形になった。

「オラオラオラオラーーーーーーーーーーー!!。」

今こそ好機とばかりに、押し捲る田代。連打を、集中豪雨のようにあびせかける。

「へっ、防御一点張りじゃ、喧嘩にゃ勝てねえぞっ!。」

「所詮力押ししかできぬ貴様は、我には勝てぬ!。」

「ぬかせっ!。」

渾身の力を込めて、田代は舞の腹目掛け、拳を放とうとする。

その刹那、舞の姿が一瞬消えたかと思うと、次の瞬間には天高く飛びあがり、田代の背後をついた。

「むんっ!。」

舞は田代の首元目掛け、手刀を放った。強烈な一撃をもらい、よろめく田代。

「・・へへっ・・そうこなくちゃなあ!」

田代は腰の入ったミドルキックを、舞の胴元目掛け、放った。

舞はすんでのところで交わすが、切っ先で軽く触られただけで、かなりの空圧を受け、数歩後方に弾き飛ばされた。

 

 

2人の喧嘩をオロオロしながら、ただじっと見守る速水。なんだか顔が青冷めている。

「あわわ・・・・ど、どうしよう・・。」

 

そんな、3者3様の姿をじっと観察しつづける影が、2つ。

噂ある所には必ず現れる、奥様戦隊の面子である。

 

「はあ~、こりゃシュラって奴ですわよ?。善行の奥様。」

「そうですわね?、若宮の奥様。怖いですわねえ。」

そう言って茂みに隠れながら、ほくそ笑む善行と若宮。

 

「でも、このままじゃどちらかが倒れるまで続きそうですな・・・どうされますか?。」

「まあキリの良い所で水でもぶっかけて、やめさせればよいでしょう。今はほっといたほうが面白いではないですか。」

若宮の問いに、妙に冷静に答える善行。

「・・・それに、下手をすれば我々もただではすみませんしね。」

「・・・そうですな。」

 

 

戦闘開始から30分が経過。既に2人共息が上がってきていた。

 

「・・はあはあ。やるな、お前。」

「・・ふっ、そなたもな・・。」

「・・このままじゃ埒があかねえ・・・。どうだ、いっそのこと当人に決めさせるってのは?。」

「・・ふむ、甚だ我としては不本意だが・・厚志が決めたことならば、従おう。」

「よっしゃ、じゃ・・さっそく・・ってアレ?。」

 

ふと振り変えると、既に速水の姿は無く、一枚の紙切れが残されていた。

 

「うあ?、何々・・・。なんじゃこりゃ!。」

 

その紙切れにはただ一言「ゴメン。」と書いてあった。

文字が多少途切れ途切れになってるところをみると、相当追い込まれていた際の決断のようである。

 

「あんのヤロウ・・逃げるなんて男らしくねえぞ!。」

「ふむ・・我がカダヤに相応しくない行為、許せぬ!。」

「追うぞ!芝村!。」「うむ!」

 

紙切れを怒りに任せてくしゃくしゃに丸めて地面に投げつけ、すぐさま速水の行方を追う、田代と舞。なんだかんだで、意気があっているようだった。

 

 

一方物影に隠れたままの若宮と善行はというと。

 

「さて・・私達も追いますよ、戦士。コレは非常に愉快な、いえ、ゆゆしき事態です。」

「はい!、司令!。・・・なんだか凄いことになりそうですな!。」

「ええ、明日が楽しみですよ。」

彼らもまた、速水を追って、走り出した。

 

 

その後、数日間、熊本各地を走り回る、地獄の鬼ごっこが開始されたのは言うまでもない。

 

 

・・・速水厚志、15歳。

 

彼の女難の相はまだまだ続きそうだ・・・・。

 

終幕

 

戴いた日:2002/11/19