日曜日には猫

 

 

(どうしよう。どうしよう。どうしようっ…)

 

舞ちゃんは困っていた。

ものすごく困っていた。

 

先週の日曜日、いつものように猫と遊びに速水くんの家へ行った帰り道、『来週も来るなら土曜日の夜からおいで』と言われたのだ。

その時は即答をせず、返事を先送りにした。何となく言い出せないまま時間が経って。

そして今日はその土曜日なのだ。まだ速水くんには返事をしていない。

どう返事をしたらいいか舞ちゃんは迷っている。

(どうしようっっ)

 

授業が終わった後、昼食をとった彼女は速水くんから逃げるようにグランド外れにやって来た。

(どうしたらいいのだ…)

もう何度目かわからないその言葉を繰り返して舞ちゃんが途方に暮れる。

いくらなんでももう返事をしなけばならない。

夜まであとわずかな時間しかないのだから。

 

舞ちゃんは所在なげに鉄棒に寄りかかった。

うつむいて足元の砂を蹴る。

彼女にはわかっている。

たぶん彼が言ってるのはそういうことで…。

だから…。

 

「舞」

突然掛けられた声に舞ちゃんは驚いて顔を上げた。

速水くんだ。

彼が舞ちゃんの側まで来て立ち止まる。

「明日、デートしようか」

「デート?」

いきなり誘われて舞ちゃんは思わず聞き返した。

「うん。前に映画館は行ったから、今度はプラネタリウムとか」

楽しそうに彼が続ける。

「公園でのんびりするのもいいかもね、お弁当持って。舞はどこに行きたい?」

舞ちゃんは速水くんをじっと見つめた。

デートをするのは嬉しい。

でも日曜日はいつも…

 

「猫は?」

舞ちゃんに聞かれて、彼は少し困ったように目を伏せた。

視線を落として足元を見つめる。

「厚志?」

「猫…大家さんに預かってもらうことにしたんだ」

(え…?)

「どうしてっ」

「学校や仕事で家にいる時間少ないし、戦闘とかあるとちゃんと面倒みてあげられないから」

「そんな…」

「仔猫が5匹もいると大変なんだ。手がかかるしね」

視線を上げない速水くんを舞ちゃんが凝視する。

 

「だから、もういないんだ…猫」

 

何でそんな事を言うのだ。

何で、何で…

 

「『いつでも遊びに来ていい』とお前が言ったのではないかっ」

速水くんにそう叫ぶと舞ちゃんは踵を返して走り出した。

 

私が育てられるようになるまで仔猫の面倒を見ると言ったのはお前ではないかっ。

陽だまりで猫になって彼らと遊ぶことを教えてくれたのはお前ではないかっ。

なのに、今更…

 

裏庭まで走った舞ちゃんは植え込みの前で立ちすくんだ。

彼女の肩が小さく揺れる。

うつむく舞ちゃんの足元に小さな雫がいくつも落ちた。

「舞…」

追いかけて来た速水くんが舞ちゃんの隣に立った。

彼はうつむく彼女の頭をそっと抱き寄せた。

「ごめん。悲しませるつもりはなかったんだ…」

速水くんの肩に顔をうずめる舞ちゃんの瞳から透明な雫がこぼれ落ちる。

「ごめんね、舞」

彼の腕が舞ちゃんの頭を優しく包んで髪をそっと撫でる。

 

「日曜日だけ…猫、うちにいるようにするから」

「…日曜…だけ…?」

瞳を上げた舞ちゃんに速水くんは優しく微笑んだ。

彼女の涙をそっと指で拭う。

「だから明日、遊びにおいで」

 

「ね?」

 

渡る風に彼の言葉が溶けていく。

 

 

何となくわかってしまった。

 

たぶん、それは…

返事が出来ない舞ちゃんに彼がついた優しいうそ。

 

「みんなで待ってるから」

速水くんの優しい声。

 

 

ぎゅっ。

舞ちゃんの指が速水くんの制服を掴んだ。

「舞?」

再び霞む瞳を隠すように舞ちゃんが彼の肩に顔をうずめる。

「猫…まだお前の家にいるのか…?」

「え?」

「…もし、まだいるなら…」

彼女は一つ息をついた。

「今日…遊びに行ってもいいぞ…」

「舞…」 

舞ちゃんは彼の背中にそっと腕を回した。

「…猫と遊ぶのは楽しいからな」

ポツンとつぶやいた彼女の頭を速水くんはぎゅっと抱き締めた。

 

 

穏やかな陽射しが彼らを包む。

あの時のような暖かな陽射し。

猫が大好きな陽だまりの…

 

 

風にのって予鈴のチャイムが聞こえた。

「仕事しなくちゃ」

速水くんがハンカチを取り出して舞ちゃんの涙を拭いた。

静かに微笑んで彼女の手を引く。

ハンガーの階段を昇りかけてふと速水くんが言った。

「僕、猫が一番の舞でもかまわないよ」

キョトンとする舞ちゃんに彼はお日様のような笑顔を向けた。

 

「僕が舞を好きなことに変わりはないから」

 

 

END

 

2001/6/15