-時計と少女-

 

 

 はあ……。

 あ、すいませんね、いきなりため息なんてついちまって。

 え?どうかしたのかって?

 いやいや何でもないんですよ。ちょっとうちのご主人のことを考えていただけでね。

 うちのご主人ときたら、ほんとに人使いが荒いんだから。いや、荒いというよりは大雑把なだけかもしれないんですがね。毎朝毎朝まるで白兵戦みたいになるこっちの身にもなってほしいもんだ。

 え?

 そうそう、何を隠そう毎朝ご主人を起こしているのはこの私なんですよ。まあ、憎まれ役なのは承知しているんですがね。今日なんかも……。

 

~scene 1~

 

 午前5時。

 枕もとの目覚しがやかましい音を立てている。

 舞は無意識に手を伸ばし、ぺしっと叩いた。

 その場はそれで静かになるものの、数分もすればまた鳴り出す。またぺしっ。また鳴る……。

 繰り返すこと数度。

 何度目かのベルが鳴る。

「……うるさいっ!」

 ぼふっ。

 舞は近くにあった枕を叩きつけて沈黙させる。

 それでもまた数分すれば律儀に鳴り出すのだが、さすがに音がくぐもっている。

 舞はがばっと跳ね起きると、壁に叩きつけてやろうかと時計を鷲掴みにして、ようやく少し目が覚める。

 ……今、何時だ?

 時計を見る。午前5時40分。

「いかんっ!!」

 時計を放り出すと、慌てて飛び起きる。

「ええい、この馬鹿時計がっ!何でもっと早くに起こさんのだ!」

 ……そりゃ無茶っていうもんである。

 昨夜ほどいた髪もそのままに、台所に駆け込んだ。

 

 

 うわ、うわああっ。

 ぼふ。

 ふう、セーフ。全くご主人ときたら、毎朝毎朝私を放り出すのはやめてもらいたいもんですな。

 でもまあ今日はまだ良いほうか。この間なんてホントに壁に叩きつけられましたからね。あん時ゃ死ぬかと思いましたよ。

 でも、ご主人ときたら、毎晩夜の夜中まで仕事をしてきて、うちに帰ってきてから彼氏さんのお弁当の下ごしらえをして、それから寝るんだから、このところはどうかすると午前2時、3時なんてのも当たり前なんですよ。それで5時起きだっていうんだから、そりゃなかなか起きられませんや。

 そんなに大変ならやめれば良いのに、これだけはどうしてもやめようとしないんですねえ。意地なのか、よっぽど彼のことが好きなのか……。まだ私は会ったことはないんですけどね。

(まあ、ご主人もあまり料理が得意では……いやその)

 

 

 炊飯器の蓋を開ける。うまく炊けていることに舞は軽い満足感を覚えた。あの米飯特有の湿っぽくて重たいが、心地よい香りがあたりに漂った。軽く混ぜて再び蓋をする。

 おかずはコロッケときんぴら、ポテトサラダにプチトマト。隅のほうにこんにゃくの炒め煮。

 ……まあ、冷凍食品と出来合いの惣菜も混じっているが、致し方あるまい。

 そのかわりきんぴらと炒め煮は田辺に教わって自分で作ったのだ。こういっては何だが、な、なかなかうまく出来たと思うぞ?

 舞は一人で赤くなりながら準備をすすめていく。時計はすでに6時40分を回っていた。

 弁当箱にご飯をよそい、少し冷ます。真ん中に梅干を入れて、胡麻を振る。

 おかずのスペースにレタスを敷いて、分量を考えつつ盛り付けていく。

 あやつは体格のわりによく食べるからな。今度はもう少し大き目の弁当箱に替えたほうがいいかもしれんな。

 どうにか盛り付けを完了すると、こんどは一回りほど小さい弁当箱に同じように盛り付けを行なう。

 すごく恥ずかしかったので、誰にも見られないように奥底にしまっているが、実はちゃんと自分の分も作ってあるのだ。

「ま、まあ、せっかく作るのだから余っても勿体無いしな……」

 どうやらこれは、自分に対する言い訳らしい。

 今日もどうにか弁当が出来上がり、ほっとしながら時計を見ると、7時を回っていた。

「!!」

 8時前には弁当を届けておかなければならない。

 急いで後片付けをすると、登校の準備に取り掛かった。

 

 

 やれやれ、慌しいものですねえ。まあ、最近は見慣れましたが。

 

 

 歯を磨いて顔を洗って、急ぎ制服に着替える。

「い、痛、いたたた……」

 シャワーを浴びている時間もなかったので、とりあえずブラシだけでも通そうとするのだが、何がどうなっちゃっているんだかなかなか通らない。それでもだましだましでどうにか終えると、いつものゴムで髪をまとめる。

 そのとき、ふと髪型を変えてみたら一体どんなになるだろうかという考えが一瞬頭に浮かんだが、とても想像がつかなかったのでやめた。

 弁当をそっとしまいこみ、時計を見ると7時42分。

 舞は慌てて家を飛び出すと、駆け出していくのであった。

 

 

 いってらっしゃい。気をつけて。

 ご主人、彼氏さんのことになるとどうも危なっかしいところがあるからなあ、大丈夫かな?

 ま、いいか。

 ……とりあえずは帰ってきて私を起こしてくれるまで待つとしましょうか。

 ……はあ。

 

 

~scene 2~

 

 はああ……。

 え?以前より盛大にため息ついてどうしたんだって?

 いやあ、ここの所調子が悪くって。ベルを鳴らすのも一苦労なんですよ。

 トシなんじゃないかって?失礼な。

 電池ですよ、電池。これさえ代えてくれればすぐに元通りになるんですがね。投げられたり、壁に叩きつけられたりしているわりには頑丈でしょ?

 まったく、ご主人と来た日にゃ私の電池も取り替えられないんだから。パソコンは使えるし、あまつさえ電子妖精すら楽々と作成できるのに、なんでこんな事ができないんでしょうかね?何とも理解に苦しみますよ。

 ……あ。

 い、いかん。本格的に電池が切れてきた……。く……。

 この、ままじゃ、あ、あ、ダメだ……。

 意識、が……。

 く……。

 

 ~暗転~

 

 

「めーなの!」

 かわいらしい叱責の声が部屋の中に響く。

「うっ……」

 舞が言葉に詰まる。

「まいちゃん、それじゃめーなのよ。いい、みてるのよ?」

 ののみはそういいながら目覚しの裏蓋を開けると、ごく当たり前に電池を交換していく。

「これでいいのよ」

 目覚しを枕もとに戻しながらののみが振り向いた。

「う、うむ、いつもすまぬな。……ジュースでも飲むか?」

 ……ひょっとしてごまかそうとしているのか?

「うんっ!!」

 目を輝かせながらののみが答える。舞は準備をするために台所へと向かった。

 

「ごちそうさま。おいしかったのよ」

 ののみは、舞がさまざまなものをどかしてようやく確保したスペースに座り、まだ少し名残惜しげにストローを吸っている。

「そうか。……もう少し飲むか?」

「うん」

 舞はゆっくりとジュースをののみのグラスに注いでやる。最近では珍しくなった100%フレッシュだ。

 ののみは両手でグラスを抱え込むようにして、嬉しそうにジュースを飲む。舞も、自分のグラスに少し注いで飲んだ。オレンジの酸味と甘味が心地よい。

「……でも、どうしてまいちゃんはでんちがかえられないの?ののみでもできるのよ?」

「ぐっ、そ、それはだな……」

 子供の質問はストレートでかつ容赦がない。悪気がないだけにいっそう始末におえないのだ。

 ののみは小首を傾げたまま舞の返事を待っている。

「いや、それは……決まり……そう、決まりだ!我らには自分で電池を替えないという決まりがあってな……」

 自分で言っていて涙が出そうなほど情けない言い訳だ。しかし、まさか「触ると感電しそうだから」などというもっと情けない本音を言うわけにもいかなかった。

「ふえぇ?」

 案の定ののみはなんだかよく分からないらしい、頭の上に?マークが乱舞していた。

「そ、そうだ。そういうことだからののみにもいつも迷惑をかけるな。すまぬ」

 そのまま強引に話を持っていってしまった。

「ううん、ののみはだいじょうぶなのよ」

 にっこりとしながらののみが答える。

 舞も微笑み返しながらグラスに口をつけた。

「でもね、まいちゃん、なんであっちゃんにやってもらわないの?」

 ごふっ!!

 げほっ、ごほほっ!!

 危うくジュースを吹き出しそうになった舞は、何度も大きなせきをした。

「ま、まいちゃん、だいじょうぶ?」

 びっくりしたののみが舞の背中をさすっている。

「だ、大丈夫だ……ではなく!な、何故そこで厚志が出てくるのだ!?」

 まだ少しむせながら舞が答える。目じりにはうっすら涙が浮かんでいた。顔が赤いのは果たしてむせたせいだけなのだろうか。

「ふえぇ?なにかいけなかったのかな?でもね、このごろまいちゃんとあっちゃんっていっしょにいるとうれしいこころがみえるのよ。だからね、あっちゃんがやってくれたらいいのかなあっておもったのよ」

 首をひねりながらののみが言うと、

「い、いやそれでもだな。あ、厚志にこのようなことを知られるのは……」

 あとはごにょごにょと口の中で呟くばかりだった。

 そんな舞の様子を見てののみは言った。

「ふえぇ、まいちゃん、ゆでたこ?」

「う、うるさい……」

 しかし、その言葉には全く力がなかった。

 

 

 ふう、生き返った。ののみさん、でしたっけ?ありがとう。

 ホントにご主人もいいかげん慣れてくださいよ。

 しかし、相変わらず彼氏さんのことになるとさすがのご主人も形無しですな。一度お会いしてみたいもんだけど、まずはこの部屋を何とかしないとねえ……。

 はあ……。

 

 

~scene 3~

 

 ぷっ、くくくく……。

 あ、いや、どうも失礼。

 いやね、ご主人があんまり珍しいことやってるもんで、つい……。

 え、何をかって?

 お化粧ですよ。お・け・し・ょ・う。

 これ以上ないくらい真剣に鏡に向かっちゃって、口とんがらかしてやってるもんだから、ご主人には悪いけど、もうおかしくって。でも、ご主人ってば結構うまいんですよね。以前はそんなとこ見たことないけど、誰かに教わったのかな?

 あ、終わったみたいですね……。

 

 

 これでよし、と。

 舞は化粧道具をポーチに戻しながら呟いた。鏡に写った自分の姿を再確認する。

 化粧といってもごくあっさりとしたものだが、人が見れば、いつもとどこか違う輝きを見出すことができることだろう。

 原に、「化粧を教えてあげましょうか?」といわれたときには驚いたものだが……、案外、化粧というものも悪くはないのかも知れぬな。

 原よ、感謝するぞ。

――もちろん原が単なる善意だけで教えたわけではないのだが……。

 ふと時計を見ると、約束の時間まであと30分。

 急いで出かけようとして、ふと、自分の姿に目を留める。そこにはいつもの制服に身を包んだ自分がいた。舞の顔がちょっと曇る。

「本当にこれで良かったのだろうか?」

 普通、デ、デ、デェトなるモノには、もっとこう違った服装というものがあるのではなかっただろうか?

 そうは言っても私はそのような時に着ていける服など持ってはいないし、そんな事を考える必要も、その暇もなかった。そう、あやつに出会うまでは。

 舞はしばらく考え込んでいるようだったが、やがて決然として顔を上げる。

 私よ、自分に自信を持て。大丈夫だ。厚志は、そのような皮相な所だけを見るようなやつではない。

 それに、厚志は……似合うと言ってくれた……その、かわいい、と……。

 うっすら頬を赤らめつつも、舞はしっかりとした足取りで待ち合わせ場所へと向かうのだった。

 

 ……その後をつけていく原たち「奥様戦隊」には全く気がついていないようだったが。

 

 

 ご主人ってば勘が鋭いんだか鈍いんだか……。

 結局この日は帰ってきたときに大きな紙袋を提げてましたっけ。

 

 

~scene 4~

 

 げほっ、げほげほっ。

 ひゃあ、ひどいほこりだね、どうも。

 あ、こりゃ失礼。

 今度は何が始まったんだって?

 いやあ……。掃除ですよ。ご主人の部屋の。

 ご主人ってば部屋のことについてはあまり気にしない……というかはっきり言ってしまえば無頓着なもんだから、普段の部屋のひどいこと。

 え?

 それがまたなんで掃除とつながるのかって?

 そりゃあ、もう……。

 

 

「めーなの!」

 かわいらしい叱責の声が部屋の中に響く。

「うっ……」

 舞が言葉に詰まる。

 ……何かどこかで見た光景だが、一つ違うのは二人ともかっぽう着を着て、頭にもかぶりものをして髪をまとめた、古式ゆかしい純和風掃除スタイルだったことだろうか。

「まいちゃん、そんなにいっぺんにいれちゃめーなのよ。これはこうやって……」

 と、ののみはてきぱきと洗濯物を仕分けして手際よく放り込んでいく。

「う、うむ、すまぬ」

「ここはもういいから、まいちゃんはほんをおかたづけして」

 舞姫、戦力外通告。

 舞は、仕方なく居間に戻ると、一見機能的、実態は雑然と積み上げられた本の整理を開始した。

 所狭しと積み上げられた本は、大半が電子情報関係の解説本や専門書、マニュアルの類だった。舞はとりあえず同じジャンルのものを大きさ別に分けながら整理していたが、なにやら様子がおかしくなった。ごそごそと何かを探している。

(む、おかしい、確かこの辺に置いておいたのだが……?)

 本の山を掻き分けつつ探すも、どうも見つからない。

 と、そこにののみが入ってきた。

「まいちゃん、ちょっとじかんがあるからおてつだいするね。……ふぇ?このごほんはなあに?」

「え……? !!、そ、それは!」

 舞がらしからぬ大声を上げる。ののみは数冊の本を指差していた。そこにあったのは……。

『初めてのお弁当』『おかず365日』『季節のお惣菜』『春の最新ファッション』『編物大全』『週間トレンディー ~春のヘアスタイル特集~』etc.etc......。

 おおよそ何に使うのかまるわかりな本が鎮座ましましていた。

「あっ、そのっ、それはっ……」

 そのあと、舞は何とかごまかすのに必死だったようだ……。

 

 

 これも、自業自得って言うんですかね?

 

 

 

~scene 5~

 

 あーあ、なんだか落ち着かないんだから、もう……。

 え?

 あなたも良く来ますねえ。

 今度は何だって?

 いや、どうやらご主人の彼氏さんがね、今日いらっしゃるみたいなんですよ。おかげで朝からまあ落ち着かないことおびただしいのなんのって。いやうろうろとかしてるわけじゃなくて単にカチンコチンになってるだけなんですけどね。

 普段の冷静さはどこへ行っちゃったんでしょうね?

 

 

 そろそろ日も沈もうという夕暮れ時、舞はさっきからソファに座り込みながら必死に自分に言い聞かせていた。

 お、落ち着け。落ち着け、私よ!何をそんなに焦っておるのだ。た、たかが我がカ、カカカカダヤが、カダヤが……。

 い、いかん、酸素が、酸素が……。どうも息苦しい。換気が悪いのかも知れんな。なぜか妙に体も熱いし……、そ、そうだ。それにきっと違いない。

 

 もちろんそんなわきゃないのである。

 とりあえず窓を全開にして、もとの位置に戻るとまた座り込む。

 

 そ、それにしても遅いな。時間を違える奴ではないのだが……?

 

 実際には約束の時間から5分も過ぎてはいないのだが、普段速水は30分も前に来るのが当たり前なので、妙に遅く感じられた。

 もう5分が過ぎ、さすがに何かあったのかと舞が腰を浮かしかけたとき、コンコンとドアがノックされ、聞き慣れた声が舞を呼んだ。

 心臓が一拍打ち損なうのを自覚しながら、舞が必要以上の大声で呼びかける。

「あ、開いておるぞ!は、入るがよい!」

 ドアが開き、アイリスの花を持った速水が入ってきた。

 

 

 やあ、いらっしゃい。あなたがご主人の彼氏さんですか。

 なんだかまるで春風みたいな印象の方ですな。ただそれだけでもないみたいですけど。

 ま、いいか。ご主人に対する想いは本物みたいだし。

 アイリスの花とはね……やるじゃないですか。

 

 

 夜も更け、あたりが静寂に包まれる。真っ暗な部屋の中で時計が時を刻む音だけがかすかに聞こえる。

 何もかもが寝静まっているような中、一人舞だけがなかなか寝付けないでいた。

 一糸まとわぬままの姿で横になっていた舞は、ふと、隣に眠っている速水の寝顔を見やった。速水も似たような格好のまま、静かな寝息を立てている。

 寝付けないままに、舞は今日のことを思い返していた。

 

 約束どおりに厚志が夕食を作ってくれたな、厚志よ、そなた本当にお嫁さんになれるのではないか?

 それから他愛のない話をして、お茶を飲んで、また話をして……。

 そうしたらいつのまにかそ、そなたは隣に座ってきたな。まったくそなたときたら私が鼓動を聞かれはしまいかと気をつけていたというのに、だ、だ、抱きついてきおって!

 またいつものことかと思って振り払おうとしたら、笑顔は変わらなかったが、少し、震えておったな。

 

 舞、死んじゃやだよ。

 

 普段なら一笑にふすか、肘鉄の一つもくれてやるところだったが、明日からのことを考えればいかな私といえども断言することは出来なかった。

 運命に流されるつもりは毛頭ない。

 己の力量に自信がないわけでもない。

 しかし……。

 

 気がついたら、厚志に抱き締められてキ、キスをされて、

 それから……、

 それから……、

 

 ……いま、こうしている。

 先ほどまでの記憶と体の感覚が蘇ってきて、顔が熱くなるのがわかった。思わずうずくまるような姿勢になる。

 その時、彼女を呼ぶ小さな声が聞こえた。起こしてしまったのかと慌てて振り向くと、速水は先ほどと変わらぬ姿勢のままだ。どうやら寝言でも呟いたらしい。

 安堵の息をつきながら、舞は再び恋人の顔を見つめる。

 先ほどまでのいっそ哀しげといいたいような表情は失せ、安らかな寝顔をしている。

 その表情を見ているうちに、舞の心もいつしか落ち着きを取り戻していた。

 

 大丈夫だ。負けはしない。

 たとえ死すべき運命があったとしても、そんなものなど断固粉砕してくれる。

 厚志よ、そなたとならばそれは必ずかなえられよう。

 感謝するぞ、そなたは私に強さを与えてくれたのだからな。

 私の、カダヤよ……。

 

 舞は、速水の頬に軽くくちづけると、胸に寄り添うようにして瞳を閉じた。

 

 

 

 夜が明けてみると、今日一日の好天を保証するかのような抜けるような青空が広がっていた。舞は、一度だけその空を眺めやると、傍らにいた速水のほうを振り向いた。

 

 よく眠れたか?厚志よ……、どうやらその顔なら大丈夫のようだな?

 なに?私は大丈夫かだと?ば、馬鹿者!よ、余計な心配などしなくてもよい!

 そ、それよりそなた、猫達はどうしたのだ?……そうか、芳野にあずけたか。それがよかろう。

 ……厚志よ、いよいよだな、覚悟はよいか?

 案ずるな。そなたには私がいる。私にそなたがいるようにな。二人で戦えばおのずと道は開けよう。少なくとも私はそのように努力は怠らなかったぞ?そなたはどうだ?

 ……そうか、ならばよい。

 では、行こうか。

 

 そう言うと、二人はもう後ろを振り返ることなく、朝日さす道の中を決然とした足取りで学校へと向かっていった……。

 

 

 ……残念ながら、私がお話できるのはここまでです。

 なぜならこの部屋を出て行かれたあの時から、お二人ともお帰りになられていないからです。どこにいるのか、何をやっているのか、私には知るすべはありません。でもきっとご無事でいらっしゃることでしょう。そう信じています。

 私はお二人が再び戻られるのをここで待つことにしましょう。

 私は時計、待つのには慣れていますから。

 

 

 

「お昼のニュースです。まず最初に、政府ならびに自衛軍最高幕僚会議は、本5月10日をもって、自衛軍と生徒会連合の全戦力が九州よりの撤退を完了した事を明らかにしました。これは戦力の再編を行なうための戦略的撤退であると発表しています。これにより、生徒会連合に多少の損害が出たとのことです……」

 

戴いた日:2001/7/27