-SYUUKAN-

 

 

 

約束の時間に少し早く仕事を終えてハンガーの階段を降りると、裏庭に厚志が立っていた。

 

「ごめん。その…今日、送れないんだ」

 

「どうかしたのか?」

 

「加藤が早退しちゃったから、まだ少し仕事が残ってて」

 

言いながら厚志が頭をかく。困った時の彼の癖。

 

「気にするな」

 

「校門まで送るから」

 

厚志が手を差し出した。その手を取ると、彼は指を絡めるように繋いだ。

 

そうして手を繋ぐのは、いつの間にか二人でいる時の習慣になっていた。

 

 

 

黙ったまま校舎裏を歩く。

 

校門を抜けると彼が立ち止まった。私に微笑んで少し身をかがめる。

 

「舞?」

 

彼が名を呼ぶ。

 

恥かしくて顔を上げる事が出来ない私の耳元で笑う声。

 

「厚志っ」

 

顔を上げたすぐ側で優しい瞳が見つめていた。

 

なす術もなく私は静かに目を閉じた。

 

 

 

お別れのキスは2回。

 

一度目は軽く、名残惜しくもう一度。

 

 

 

キスの後、見つめる彼の視線が気恥ずかしくて俯いてしまう。

 

 

「気を付けて帰って」

 

 

温もりを惜しむように彼が絡めた指をほどく。

 

離れる指に、少しだけ胸が痛んだ。

 

 

「また明日ね」

 

 

 

彼に頷いて歩き出す。

 

しばらくして振り返ると、厚志はその場に立ったまま私を見ていた。

 

振り返った私に小さく手を振る。

 

私は無理やり身体を返して走り出した。

 

息を切らして彼が見えないところまで走ってから、ようやく立ち止まる。

 

こんなのは自分らしからぬと思う。

 

 

 

…しかし…

 

 

 

ため息をついてアパートの階段を昇りドアを開けて部屋へ入った時、メールの着信音が響いた。

 

 

『おやすみ 舞。 良い夢を』

 

 

厚志からのおやすみの挨拶だった。

 

 

 

彼と出会ってからいろんな習慣ができた。

 

その一つ一つに戸惑いながらも、変わってゆく私がいる。

 

芝村である自分には不必要だと思っていたもの。

 

 

 

でも…

 

 

 

目を閉じて届くメールに囁くのが、私の新たな日課になりそうだった。

 

 

 

「おやすみ 厚志」

 

fin.

 

2001/6/10